桜のシーズンも終わって、私達は忙しい時期へと突入した。





私の大切なモノ
私も先輩も大学に進学した。 もちろん、そんなに自分の家から遠い場所じゃない。 バスを使うだけで済む場所で、それなりの大学でもある。 魔術とはまったくっ関係のない場所。 姉さん曰く、普通じゃ考えられない…だそうだ。 でも、私達はこれでいいんです。 他の魔術師達にどう言われようと。 私達は駄目な魔術師でいい。 …でも、それは私だけかもしれない。 先輩は、もしかしたら高みを目指したいのかもしれない。 自分の未来の姿を見て…。 魔術を知り…投影を知り…。 自分だけの魔術を知り…。 何時かあの姿になってしまうかもしれない。 怖がっていてはいけない…未来を。 そうなってしまった時は、ただ単に私の努力が足りなかっただけだ。 私が努力すれば良いんだ…。 これが私にとって大切なものなのだから。 「よっ、待ったか?」 「いえ、私も来たばかりです」 天気の良い日は、外でお弁当を食べるようになった。 たとえ、どちらかが抗議のない日でもここには来ている。 新しい環境…まだ慣れきってはいない。 毎日、いろんな場所を探検している。 童心にかえる…って、きっとこういう事を言うんだろうなぁ…。 「ったく、また腕を上げて」 「弟子は師匠を追い越さないといけないんです」 少し胸を張る。 …自分でも少し自信が出来たのがわかる。 女の子のプライドと言うものもありますし。 「むぅ…なら、個別料理戦に持っていくしかないか」 「あ、それ反則ですよ」 「はは…まぁ、煮物なら負けないぞ」 先輩はそう言う。 う、確かに勝てないかも…。 「もうっ」 「はは…まぁ、食べようぜ」 「じゃあ、私はサークルに寄ってから帰りますね」 「おう」 「先輩も来れたら来てくださいね」 「分かった」
私は弓道を続けている。 楽しさが分かってきた…。 ただ無心で弓を引く。 矢を放った時の解放感…。 張り詰めた弦から指を離す。 ヒュッと小気味良い音を起てて矢が飛んでいく。 トンッと乾いた音…。 息を小さく吐く…。
「うん、上出来…かな」 自分が満足出来る事を出来ると、やっぱり嬉しい。 勉強だって、料理だって、弓道だって…。 「いやいや、本当に間桐君の弓は美しいね」 ……。 弓に集中していためか、誰かが背後に立っているとは気づかなかった。 今となって、その事に後悔する。 あまり会いたくも、話したくもない人物。 誰にもいるだろうが、私はこの人がそうだ。 「本当に見事な腕だよ、間桐君」 名前は何だったか忘れた…。 みんなは部長と呼んでいる…。 私もあまり彼に関わりたくはない。 それに、部長と呼ばれても大して腕はよくない。 ただ、少しお金持ちのトコの息子だ。 「ありがとうございます、部長」 彼がいるおかげで他サークルより待遇が良いのも事実だ。 でも、この人は好きになれない。 何でも自分の思い通りに出来ると思っているから。 よく見ると、何処となく雰囲気が似ている…あの人に似ている。 「ふむ…弓道も良いけど…どうだい?これからお茶でも?」 弓道に熱心さはない。 情熱も感じない…。 ただ、このスポーツは格好良いからやる程度なんだろう。 それに、毎回断っているのに、懲りない人だ。 「すみません。…衛宮さんとここで待ち合わせているので」 私がそう言うと、部長は顔を引き攣らせた。 「まったく、君みたいな人が、あんな何処の馬の骨とも分からない奴と付き合っているなんて」 明らかに悪態を吐いてくる。 それに私は少し怒りを覚える。 「…それは、私と衛宮さんの勝ってじゃないですか」 そう、私達は、お互いが必要なんだ。 「はっ、恋は人を盲目にするってね。いいかい?何時か君は絶対に後悔とすると思うよ」 …部長の口調、仕草が全て兄さんにそっくり…。 思考回路が上手く働かない。 「今からでも遅くない。僕と付き合おう」 この人の言葉が全て命令に聞こえる。 目がそう言っている…。 口では言わなくても、態度が全てが…。 「衛宮が来る前にここを出よう」 私の手を強引に掴む。 外へ私を連れ出そうとする。 「止めてください!」 「煩いよ。僕は君を助けてあげるんだ。君は黙ってついてくればいいんだ」 「…人を呼びますよ」 「へぇ。僕を誰か知ってるかい?逆らったら君の人生滅茶苦茶だよ?」 「なっ」 「僕には、このサークルの部長だし。大学の理事長とも繋がりがある。退学にだって出来るよ」 「――っ…こんなサークルなら、私はいたいとは思いません」 「じゃあ、退学するんだな?衛宮共々さ」 「なっ」 「だって、そうだろう?君と衛宮が原因なんだからさ」 ニヤニヤと笑ってくる…。 一人じゃ何もデキナイクセニ…。 何も何も何もナにもナニモなにもなにもなにモなにも…。 私一人だけじゃなくて、先輩まで…大切な人まで…。
Es erzahlt――Mein Schatten nimmt Sie!(声は遠くに――私の足は緑を覆う)
魔力を練る…。 呪文を唱える…。 あの…黒い影が出現する。 「うわあああぁぁぁ!?なんだ、お前は!?」 私の背後に浮かび上がる影に怯えだした…。 やっぱり、一人じゃ何も出来ないですね…。 私はクスリと笑う。 「…知らなくてもいいじゃないですか。どうせ、あなたは死んじゃうんですし」 影は私をすり抜けて、この汚らしい男に近づいていく。 ヒタヒタと…。 決して速くないスピード…だけど、この男は怯えて足がすくんでいる。
Es befiehlt――Mein Atem schlieBt a lles!(声は遥かに――私の檻は世界を縮る)
そして、ついに影がこの男に手を振り下ろした…。
ギンッ!
…グシャッとか、肉が引き裂かれる音が聞こえると思った。 「…先輩…」 投影された剣で、影の攻撃を防いだ…。 「桜…」 「………ごめんなさい」 最近は出なかった癖…前髪で顔を隠した。 先輩はそっと私の前に立って、私の頭に手を置いた。 「桜、こんな奴でも人は殺すな」 なんで私は、この人を殺そうとしたんだろう? 気絶させる事だって出来た筈だ。 そうすれば、先輩にこんな所を見せないで済んだのに。 「桜、ちゃんと顔を見せろ」 「…っ」 頬を両手で挟まれた。 少し強引に上を向かされた。 少し怖い先輩の表情…。 「次は気をつけような」 「先輩…」 笑顔を見せられた…。 涙が伝う…。 抱きしめられる…涙が本格的に流れ出す…。
「オレはずっと、桜の味方だから」
「はぁ…良い夕焼けだなぁ」 「…はい」 家への帰り道…私達はバスを使わなかった。 二人でテクテクと道を歩いている。 夕飯が遅くなるだろうなぁ…ライダーも少し怒るかも。 「まぁ、上手いことアイツも気絶したし…事なきを得たんじゃないのか?」 「…わかりません。私には記憶を弄る魔術は出来ませんし」 まだ、暗い気分は治まらない。 「ごめんなさい。もしかしたら、大学…退学になるかもしれないですね」 「まぁ、その時はその時だ。それに、あんな奴の言葉で退学にされるならこっちから辞めてやるよ」 「でも…」 「いいの。桜もあんな奴がいる大学は嫌だろう?なら、良い機会だと思わなくちゃな」 「…先輩は、優しすぎです。また、先輩の大切なものを壊してしまうかもしれないのに」 「馬鹿。オレのいっぱいある大切なものを守れても、一番を守れなかったら意味ないだろ」 そう言って、私の手を握る。 私もそっと寄り添う。
「先輩…好きです」
「先輩、行きましょう」 「ああ」 先輩の手をとる。 今日もお弁当日和だ。 あの日以来、部長は近寄ってこない。 私を怖がって退学にも出来なかったみたいだ。 私がそう言うと、先輩は声をあげて笑った。 …私って、怒ると怖いのかな? 「うん、美味いぞ」 「ありがとうございます」 空を見上げる。 今日も良い天気だ…。
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