僕には初恋などと言う物はなかったと思う。
異性を見て、こういう人って可愛いなぁ。
こういう気の強い人は、僕にとって苦手だな、でも案外話が合うかもしれない。
そう思う事は割かしあった。

けれど、その先はまったくなかったのだ。
たとえば、この人とキスしたらどんな感じになるだろうか?
この人が好きだから、自分の物にしたいなんて熱い想いはなかった訳で…。

結局、幼い頃の乱暴で大きくて自分勝手な気持ちなんて知らなかった。
そんな気持ちを知らずに生きてきたから、僕はこんな日々平穏に生きているのだろう。

中学の頃に、友達の一人がアイドルにはまっている子がいた。
他の子とは明らかに温度差があった。
けれど、それを納得出来る人たちの方が多かったのも事実だ。
ただ、その場では、うん俺もそうだ、なんて事は誰も言わなかったけどね。

僕は、なんて言うか…そういう姿をぼーっと見ていた。
なんていうか、冷たい目でもなく、かといってその子たちの話に夢中になれる訳でもない。
はっきり言えば、普通に誰かと誰かが話している声を聞くだけの感覚だった。
僕にとっては、音楽の時間の気だるい感じと大して変わらない。



我が人生  ―初志―



まぁ、ソレにも原因がなかったと言えばそうじゃない。
しっかり原因はあったと思うと思う。
今目の前ですんすんと泣いているこの子を見て、僕は育ったから。

はっきり言おう、この子は本当に女の子っぽくなかった。
はっきり言おう、この子は本当に僕と話が合ってしまっていた。

やっぱり異性同士だと、話題にギャップを感じる物だ。
確かにセーラームーンより仮面ライダーが好きな女の子もいるかもしれない。
けれど、その子もやっぱり女の子なのだ。
僕が知っていた、栗本亜美とは全然違うのだ。

まぁ、それにも原因はある。
彼女は僕の家で育ったも同然だからである。
亜美の両親は仲が悪いのだ。

それでも、離婚したり母親が実家に帰らないのは亜美のおかげだと思う。
それとも、亜美の存在があの二人を夫婦として縛り付けているのか…。
僕は、良い方をとりたいので、亜美のおかげだと言う事にしておきたい。

まぁ、それでも亜美と僕はかなりの長い間一緒にいたのだ。
時間に表せばざっと十四、五年くらいだろうか。
初め彼女にあったのは僕が二歳頃だと思う。

だって、その頃から僕の家のアルバムに彼女が写っていたから。

それでも…やっぱりこの子を鬱陶しくなる時が少なからずあった。
小学校に入学する時も、彼女は僕の両親に連れられてきた。
ここで怒るべき相手は、亜美の両親の筈なのに…僕は亜美に対して何かイライラとした物を感じてしまった。
まるで、自分の大切な人をとられたんじゃないかって感じだ。

それは兄弟なんかでよくある話だと思う。
けれど、亜美と僕の関係は兄弟でもなんでもないのだ。
本当に赤の他人だ。

そんな事など知らず、亜美は僕を育ったと思う。
入学式の時は、着る服で少し揉めたらしい。
亜美の家で、亜美は駄々をこね、あろう事か亜美の母親は亜美を引き連れて僕の家に来た。
それで言った言葉は『あなたの家が育てたのだから、あなたに頼むわ』だった。

一瞬何を言われているのかが理解出来なかった母親がいた。
僕も子供だから一体何を言っているのか分からなかった。

多分、この頃の栗本家は最も最悪な状態だったんだろう。
そう考えれば、今は昔比べてかなり落ち着いた。
亜美の母親も悔い改めたのか、少し無理しているが笑顔を見せるようになった。
亜美の父親は滅多に家に帰らなかった…それのおかげで落ち着いたのかもしれない。


「…亜美」

「な…だよ…」

――ううん」


泣き止む様子はまだない。
うーん、目の前にあるご馳走が冷めていくのを見ると少し残念な気持ちになる。

僕は無力な存在だ。
こういう時に僕は彼女の背中を撫でてあげる事ぐらいしか出来ないのだから。
時々、トントンと赤ちゃんをあやす感じに擦って見たりする。


「いいよ、今日はいくらでも泣いて」


きっと、まだ溜まっているだろう…。
だから、言える事は言っておいた。
こんな不器用な言葉だけれど、亜美には伝わってくれただろうか?

……成長していないのは僕だけかもしれない。
亜美は、成長していると思う。

僕の家に入り浸っていた小学生時代…。
けれど、中学生になるとそんな事は少なくなっていた。
と、言うよりは僕が邪険に扱っていた感じがする。

僕が母さんや父さんに近づくな、と言うオーラでも出していたのだろう。
それで、亜美は安心できる場所がなくなってしまったのも事実だ。
けれど、文句を言わないのは亜美の凄い所だ。

いくら、家族の問題が良い方向に改善されたとはいえ…そんな簡単な物じゃない。
体罰なんて物は起きなかったらしいけど、精神的に傷つけられていたのは真実だ。
亜美は一人だった…。
確かに学校では明るくて、人前では明るくて、人気者だったと思う。
けれど、それは明らかに無理をしているのだ。

僕は、それを見て彼女は一人でやっていけると勝手に結論付けてしまったのだ。
今となってはもう少し優しく出来なかったのか、と思ってしまう。

それにしても…。
亜美にも胸があるとは…。
思わぬ事を発見してしまった。

強く抱きつかれて、泣かれているのだ。
んー、はっきり言うと何か困ってしまう。

背中を撫でてはいるのだけれど、やはり何処か手持ちぶたさ…って感じだ。

やっぱり、亜美は女の子っぽくなっている。
そう感じたのは、何回目だろう?

一番初めに気づいたのは、中学生の文化祭の時だったと思う。
お化け屋敷を二人で一緒にまわった時、その怖がり方は妙に女の子だったのだ。
それに少しショックを受けて、嗚呼、やっぱりこの子も、と納得してしまった自分がいた。

何て言うか、僕は鈍感としか言えないのだろう。
そんな自分が少し悔しいのだ。






「………」


泣き声も止まり、辺りは静かになった。


「亜美?」


呼び掛けてみたけど、返事はない。
ただの屍のようだ…ってしょうもない冗談を考えてしまう。


「……」


多分、泣き疲れたのだろう。
僕は少し苦笑をすると、そっと亜美を抱き上げる。
いや、なんとも自然な動作だ…と自分でも思ってしまう。

けれど、ずっと同じ体勢でいるのも辛い。
目を覚ましてもいいので、部屋を移動した方が良いだろう。

ふと、首だけ振り返って、テーブルを見る。
そこには、折角用意されたご飯が置かれていた。
やっぱり、少し惜しい…。

亜美をベッドに寝かせたら電子レンジでも使って暖めなおそう。

それだけの価値がある料理なのだから。


「ん……」

「おっと」


亜美が起きそうになったので、急いで自分の部屋に向かう。
今日は…居間にでも寝るか。
勉強時に使うブランケットがあるので、一晩ぐらいなら大丈夫だろ。



「……ん…」

「よしっ、終了」


ベッドに寝かせ、布団をかけておく。
これで風邪をひくことはないだろう。
明日、服が皺になったとは言われても、まぁその程度で済むのなら問題はない。


「じゃ、いい夢見ろよ」


そう言って、僕は自分の部屋を立ち去ろうとする。


「幸雄
――

――っ」


小さい声が聞こえた。
振り返ると、そこには目を開けた亜美の姿がある。


「……どうしたの?」

「…何処行こうとしたの?」

「あ、夕飯あのまんまだからさ暖めなおして食べようと思ったんだけど」


折角、彼女が作ってくれたのだ。
簡単に残す、捨てるなんて選択はしたくなんてない。


――駄目」

「え…?」

「今日は……俺を…私を一人にしちゃ…ヤダ」

「ば…かっ」


どう反応していいのか、判らなくなる。
こんな場には一度たりとも踏み入った事はない。
明らかに経験不足だ…相手の求めている事が上手く理解出来ていない。


「ちょ、ちょっと待ってろ…。とにかく晩飯ラップかけてくるから」

「……ヤダ」

「すぐだから。五分…三分で戻ってくる」

「…ヤダよ」

「勿体ないだろ、亜美の料理がさ。だから、ホントすぐだから待ってろ…な」



そう言って、小走りでキッチンの方へと戻る。
まだ電気がついていて、暗い自分の部屋からそこに出ると眩しい。

急いでキッチンスペースにある引き出しからラップを取り出して、手当たり次第ラップをかけていく。
味噌汁は鍋に戻しておく、流石にそれにまでラップをかけるのは
――

で、一応ガスの元栓を確認して、電気も消して亜美の所へ戻る。
家でこんなに速く動いたのはコレが初めてかもしれない。
あー、なんかテーブルの脚に足でもぶつけそうで怖い。



「ただいま」

「……遅ぃ」

「ゴメン…でも、ちょっとの間だったんだから泣くなよ」

「560数えた…」

「三分経ってないってば」


自分の部屋に戻り、僕は亜美の傍に座る。
この位置だと亜美の顔が真横に来るので少しドギマギしてしまう。


「ほら、隣にいるからさ。早く寝て悪い事は忘れよう」


頭を撫でてやる。
そうすると落ち着くのは長年の経験からだ。
亜美は人に頭を撫でてもらった事があまりないと思う。
だから、こういう攻撃には弱い
――


「……そうやって、私を子供扱いする」

「え
――


亜美は僕を睨みつける。
涙で少し威力は弱まっているけど、これは本気だと思う。


「してないよ」

「してるっ。幸雄は私の事…本当にすきなの?」

「そんな事…当たり前だろ」


初志貫徹と言う言葉がある。
もしかしたら、僕の初恋と言う物は彼女が一番最初なのかもしれない。
そして、ずっとこの子を意識していたのかもしれない。
けれど、それはとても当たり前すぎて忘れていた……。


「なら…抱きしめたり…キスしたり……私をお前のモンにしろょ…」

「…馬鹿。確かにそうしたいけど、今ソレをやると卑怯だろ?」

「そんな事ないっ。こんな雰囲気じゃないと…幸雄は絶対に手も出さない」


確かに、手を出す機会はほとんどない。
だから、タイミングと言う物を知らない。

普段の亜美はあんなだから、どうそういう事をするまでの雰囲気に持っていくのかが大変だし。


「……言っとくけど…誰にも邪魔に入らないし、誰も始めたら止められないよ」

「知ってる。幸雄は暴走すると怖い……でも…」


俺をお前のモンにしろ
――
最後は言わなかったが、目がそう言っていた。
私と言わなかったのは、最後に勇気を振り絞って強がりを言ったのだろう。


「亜美……」

「幸雄……」


お互いの唇を重ねる。
コレが…初めてだったと思う。


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