「くそ…なんだって僕がこんなに緊張しなくちゃいけないんだ」


受験生の身を少しでも案じて欲しい。
はっきり言っておきたい、僕は多汗症ではない事を。
はっきり言っておきたい、ぼ、僕は緊張なんてしていない事を。
ましてや、あの亜美に緊張しているなんて誰かに気づかれたら僕の人生が終わってしまう。

いや…綺麗にはなっていたよ。
普通に女の子していたよ、姿形は。
だけど、喋り方はずーっと一緒なんだから、何も変わっていない筈なんだ。

……あーでも、時々女の子になる時があるんだ。
それが困る。
本当に困ってしまう。
何時もの調子が掴めない亜美なんて亜美じゃない。

……自分でも言い訳にしか聞こえないけど、そう考えていなきゃやってられない。
そうしなきゃ、あの日の事を思い出してすぐさまこの場で赤面してしまうからだ。
ってか、あれは僕が言う台詞なんだよ。

……はぁ…。
僕はこの場所の近くにある本屋に来る時にしか近寄らない、ある場所に来ていた。
アナウンスの声は、少しこもっていて聞き取りにくい。
まだ新人なのだろうか?
確か、鼻をつまんで話せばはっきり聞こえるようになる、って聞いた事があるけれど。
って、今はテープとかなんかだと思うんだけど…。
今日に限っては何故かアナウンスの声がこもってるように聞こえた。

人通りは週末なのにあまりない。
別にこの場所にある、ある乗り物が出る回数が少ない訳じゃない。
ただ、ここにいる人たちはお金持ちである。
だから、周りの家も大きいし、車を持っていない家なんてほとんどない。
簡単に言えば、学生だけなのだ…この乗り物を使うのは。

ったく、そんなにお金に余裕があるのなら僕に援助して欲しいくらいだ。
なにせ毎日金欠だし、最近は参考書などでお金を消費している。
今まで好き勝手に生活していたから親に仕送りを増やしてくれ、なんて事も言えない。
毎日、ギリギリの生活を送っていたりする。

キキーッ、と音を起てて、その乗り物がホームに滑り込んでくる。
あー、なんでか分からないけれど、あの乗り物が起てる音ってあまり不快じゃないんだよな。
なんていうか、こう…駅の匂いってのは安心してしまう自分がいる。
……もしかして、僕は異常なのかな?
別段、匂いフェチでもないし……。

うーん……。


「おすっ、幸雄」


ぽん、と僕の肩を叩かれた。
何時の間にか背後に回りこまれていた。



我が人生  ―事情―



「久しぶりだな」

「あ、あぁ…うん」


すっかり寒くなって、彼女の服装も前の時とは違っていた。
てか、少し服の所為で容姿が丸くなっている。
その所為で、なんて言うか可愛い……。


「へー、ここが幸雄が生活してる街かー」


と、何か冒険に出かけそうな勢いの彼女。
てかさ、なんでミニスカートなのさ?
こんなに寒いのに。
上は厚着なのに、かなりの矛盾点。

それに、亜美はスカートなんて履かない派だったんじゃなかったっけ?
学校だと制服で決まっていたけど、学校が終わったらすぐ着替えていたしさ。


「幸雄、時間があるのなら案内してよ」

「あ…う、うん」


別に今日は予定なんてない。
てか、入れるつもりはなかった。


「じゃあ…商店街の方から見てみようか?ここは田舎と違ってたくさん物があるぞ」

「おーっし、臨む所だ。ほら、幸雄行こっ」


そう言って亜美は僕の手を取る。
うわ――。

事の発端は、あの電話だ。
僕の食生活を聞いて、亜美が僕の家にご飯を作りに来る事になったのだ。
それは構わないのだけれど、今日、うちに泊るらしい。
やっぱり、晩御飯を作ってから帰るとなると暗くなるし、帰りが怖い。

だから渋々了承はしたんだ。
一応、亜美の親には確認を取っておいた。
けじめだし、何かあった時に何も知らないんじゃこっちも困ってしまう。

亜美の両親は、僕の事を知っているし、僕もよく可愛がってもらっていた。
だからか、亜美の両親は苦笑の色を含ませながらも了承してくれた。

――少し気になるのは、その方が亜美にとってもいいだろうから、と言ったこと。

それが僕には少し不可解な点だったりする。
本当ならそれが逆の筈なんだろうけど。
亜美のおじさんとおばさんの意図している言葉が良く分からなかった。


「おー、このバッグいいなー」


そんな僕の考え事を他所に、亜美は商店街に夢中だった。
ったく、バッグだなんて女の子な事言って……。
やっぱり、亜美は女の子なったんだな、って思ってしまう。

お互い、無邪気な時期はあったんだと思う。
昔は男だ女だって、事を意識せずにいた時代はあったんだ。
それは小学の高学年までだったかもしれないし、もしかしたら中学の二年生辺りまでだったかもしれない。
はっきり言うと、僕が先に変わってしまったのだと思う。

その頃は亜美より男の友達に夢中だった。
外に行くにしても隣に亜美がいるより、男友達が何人も周りにいる方が何倍も良く感じた。
同性だから分かる、気持ちの共有ってのがそれにはあったのだ。
たとえば、駄菓子屋で売っていた百円ライターで野道で集めた葉っぱで焼き芋をしたり。
とてもまずいテストを燃やしたり、悪い事をしているゾクゾク感を共有出来た。

てか、そういう馬鹿げた事をするのは男なのだ。
それを止めるのが女で――。
だから、僕が亜美から離れていく理由だった。

――まぁでも、亜美はめげずに僕に近づいてきたっけ。
亜美が男の子してたのはそれが理由なのかもしれない。
そう考えると、亜美は――。


「なーなー、あの店でお茶でも飲もうぜ」

「分かったよ」


だから、僕は亜美と――。
僕は亜美がとてつもなく嫌いじゃないんだから。












「へぇ、ここが幸雄の部屋か」

「おい、だからってズケズケと上がるんじゃない」


街の案内、本来の亜美の目的であった晩御飯の材料の買出しも終わり、僕は亜美を自分の部屋に招きいれた。
一応、礼儀として昨日は一日かかって大掃除をした。
……一部、荷物を隅に寄せただけの所もあるけれど、前に比べれば見れる部屋だ。


「ったく、幸雄は贅沢だぞ。学生の癖に1DKのマンションに住んでるんだから」

「それは親父たちに言ってよ。僕は住めれば何処でも良いって言ったんだから」


僕の言った言葉は真実だ。
実を言うと、もっと家賃の安いアパートも僕の頭の中ではリストに入っていた。
けれど、父さんがここにしなさい、と言ったのだ。
一応、遠慮してアパートで良いと言ったんだけど、父さんは頑なに譲らなかった。

父さんは頑固だから言った事を曲げない人だ。
だって、どんなに忙しくても僕の学校の行事には必ず来てくれた。
授業参観にしかり、運動会にしかり――。

今でもそうだけど、僕は自分の父親が好きだ。
こんなにも親身に僕の事を気にかけてくれる親は他にいないだろうから。
母さんとの仲も普通に良くて、周りから見れば家族円満の例みたいな家族だ。
それは僕にとっても誇りに思っている。


「ふーん、中学の時よりは物が増えたね」

「そりゃね。何かと必要な物は増えるものだよ」


中学の頃は割と殺風景な部屋だった。
嫌、今でも十分そうだと思う。
中学の頃は、勉強机、教科書、30インチのテレビ、ビデオゲームぐらいしかなかった。
ポスターを貼ることなんてなかったし(それ以前に好きなアイドルなんていなかった)、本も父さんの部屋に置いてある奴が僕の愛読書だった。
父さんは細かい所もあるから、読み終わったら必ず父さんの部屋の本棚に戻さないといけない。
あー、それと服がクローゼットの中にあった気がする。


「じゃあ、この手の本も必要な物になったのか?」


にやにやと亜美が本を手にとって言う。
って、それは――。


「ば、何だよ!」

「へぇ、幸雄ってばやらしい奴だな」


と、本の中身をパラパラと見ている。
いや、そう平然と見られるとこっちの反応が困る。


「お前は女の子だろ。そんな本見るなよ」

「なんだよー、お前は俺の事男として見てるんだろ?」

「ば、それは中学までだ。今は十分女だっつーの」

「っ――」


と、僕は口を滑らせてしまった。
しまった、と思いながら亜美を見ると、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。


「ば、馬鹿じゃないの!」


そう言いながら本を閉じ、僕の方に投げつけてきた。


「あー、晩飯作ってくる。幸雄はそれまでその本をちゃんと見つからない場所に隠しとけよ!」


そう言って、亜美はドスドスと僕の部屋から出て行った。
あちゃ――。



本当に亜美は変わったと思う。
それは彼女にとって良い方で――。
僕にとっても良い方なんだけど、いきなりすぎて困ってしまう。

てか、思春期ってのは男が後で女が先じゃなかったっけ?
これじゃ逆じゃないか。
僕が思春期にさしかかっている時は、亜美はまだ男、男していたし。
だから、そう言うのには興味がないと思っていた。

――でもさ、やっぱり亜美は女の子だったんだと思う。
確かに少女漫画は読んでなかったよ。
けれど、ちゃんと女友達はいたんだ――。
てか、亜美は女の子からラヴレター貰ってた記憶がある……。

うーん、それが亜美の女の子になる時間を遅らせたのか?

亜美が高校生になってからは、かなり凄い。
と、言うか僕が高校生になってからは割かしよく電話をくれた。
でも、段々と変わっていったのは、僕が高二くらいになってからかな。
なんて言うか、電話でも言葉に含みを持たせるようになった。
言いたい事を言えない感じが伝わってきた。

ただ、僕はどう対処していけばいいか分からなかった。
だってさ、幼馴染だったし…男の子として扱ってきたんだから。
だけど、本当は女の子で僕に好意を寄せていてくれたなんて――。

ああ――やっぱり、亜美の方が先に思春期になっていたのかもしれない。
そう考えると、少し悔しいな。
僕の方が年上だから、なんでも分かっていると思っていたのに。


『幸雄、出来たぞー。俺の料理喰って驚きやがれー』


そんな僕の考えを他所に亜美の声が響き渡る。
ったく、もう僕は驚いているって言うのに――。






「果てしなく意外だ」


僕が正直に感想を言った。


「何だと!喉を箸で突き刺されたいのか?」

「う、それはいかにもな感じで嫌だな」

「?」

「だからさ、恋人の手料理が不味くて素直に感想に言ったときの相手の反応」


まぁ、不味くはない。
と、言うか本当に美味い。


「ったく、何時の間にこんなに料理が美味くなったんだよ?」

「別にー、ただ目覚めただけだ」


今度は素直に褒めたら、亜美は顔を赤くしてそっぽを向いた。
本当に素直じゃない。


「ふーん、人って意外な才能ばっか持ってるよな」

「む――」

「今の亜美なら料理してる格好も似合ってるし、意外…じゃないか」

「っ――こ、これは友達からのプレゼントだ」


僕の向かい側にはエプロン姿の亜美がいる。
エプロンは意外にも真っ白で、新婚さーんみたいな感じの奴だ。


「プレゼントした方もセンスが良いんだけど、亜美の性格を考えなくちゃな」

「ゆ・き・おー!」


と、亜美が爆発する。
やっぱり何時もの亜美が好きだ。
こういう反応があるからこそ、止められない。


「そう言えばさ、亜美って本当に僕の所に泊っていくんだよな?」

「そうだけど。…なんか、問題でもあるのか?」

「まぁ……世間体的には良くない感じだと思うけど…」

「うわ、俺にムラムラっとでも来るのかよ?変態」

「あのな……」


はっきり言うと、僕は今かなり緊張している。
言葉が投げやりなのも、亜美をからかっているのもそれからなのだ。


「……ただ、さ。実を言うとあんまり家にいたくないんだよね」


と、亜美は少し寂しそうに言った。


「え――?」

「知ってるだろ?俺の父さんと母さんが仲悪いの」

「――」


僕は何も言わないが、静かに頷いた。
だから、か……。
亜美の両親が僕の所に泊らせるのをOKしたのも。


「ったく、好きじゃないならなんでくっついたのかねー?」


自嘲気味に笑う亜美の姿。
そんな姿がとても寂しく感じた。


「私の所為かなー?」

「そ、そんな訳ないだろっ」

「そう言いきれる?だって、父さんと母さんが結婚した理由はもしかしたら、出来ちゃったからかもしれないんだよ?」


だから、二人は責任をとって結婚した。
だけどさ……亜美は一つも悪くはないんだ。
亜美は――。


「亜美が悪いんじゃないよ、絶対に……」


けれど、亜美は何も返事をしない。
顔を俯かせる――。
これは亜美の悪い癖だ。

男勝りな所があるのに、妙に涙もろい。
それが家族の事となると、とてつもなく涙もろい。


「はっきり言うと、逃げてきたんだよね…幸雄の事、口実にさ」

「うん……別にそれは良いよ。何か出来る事があるなら、僕は何時だって――」


僕は自分の椅子を亜美の席の隣まで動かす。
そこに静かに座る。


「っ……はぁ…幸雄の家族が羨ましいなぁ」

「ん?」

「だってさ、温かいじゃん。明るくてさ、綺麗でさ、とっても大事な物みたいに見えるから」

「……」

「私は…出来るのなら、幸雄の家の子に生まれてきたかった」


僕に寄り添って、目を閉じながらポツリポツリと言う。
こんな感じの亜美は見た事がなくて――。
とても小さかった――。


「さっきみたいな、馬鹿話も何時でも出来るし……。ほんと、すっごい幸せだ」


今まで亜美は耐えてきた。
夜遅くまで自分の家には帰らずに、彼女は僕たちと一緒に遊んでいた。
僕らが中学生になった時は、一人で公園のブランコに座って時間を潰していた。
そんな彼女が、とても――。


「僕は、亜美と兄弟は嫌だな」

「え――」


呆然となる声…。
思わず体を起こし、僕の目を見た。
僕は静かに微笑んで、こう言った――。


「亜美は僕の事をお婿さんにしてくれるんだろ?」

「――っ、馬鹿っ」


そっと僕は亜美を抱きしめる。
何時の間にかこんなに小さくなった彼女――。
中学生でも小柄だったけれど、今はもっと小さい――
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