「はぁ……」


僕は自分の身の程を良く知った。
僕の手には、小さな紙切れがあって、そこには絶望的な事が書かれていた。
別に、最初から解っていた事だ。
最初から駄目だと解っていた事だ。
けれど、多少の期待はあった事は確かだ。
数百万分の一に、そんなチャンスが生まれるかもしれない、と思っていた。
けれど、そんな物は起きない――。



我が人生  ―今日―



僕は「明日」と言う言葉があまり好きにはなれない。
逆に、「今日」と言う言葉を心底口にしたいと思っている。
それは日常的にではなくて、心の中で――。

たとえば、明日のために○○をする――。
僕たち学生にとっては勉強、だろう。
けれど、○○は違っても、必ず人は「明日」と言う。
「今日」をみんなが蔑ろにしている。

だってそうだろう?
今日の事なんて無視して、明日の事を考えているのだから。
明日のために今日を無視するみんながいる。

何時だってそうだ――。
みんなは「明日(先の事)」のために「今日」を糧にする。
「今日」に起きた事はすぐ忘れる。
大学に入学、会社に入社、それは嬉しい事だ。
だけど、「その日」をすぐに忘れるのが僕たちだ。

続きに、次に、何かを期待する。

折角、良い点がとれたテストも「明日」のための糧となった。
一時の事なんて構わずに、今を構わずに、人は進んでいる。

何かの資格を得たいから勉強する――。
それも一つの形だと僕は解っている。
けれど、本来それは勉強したから、その資格を得たのではないか、と思ったりする――。

僕の友達、ケンちゃんは英検三級を小五の時にとった、と言った。
ただ、自分がとりたかったから、じゃないと彼は言った。
ただ、自分が何処まで出来るか、を試しただけなのだ――。

確かに…僕も「明日」のために「今日」を糧としている人間だ。
そうしか生きられないのが悲しい。

まぁ、周りから見ればこれは屁理屈なんだと思う。
自分の行く先が見つからない所為で吠えているって思っているんだ。
僕自身もそう思うよ。

けれどね、この屁理屈だって僕は正しいと思うんだ――。

ゆったりと流れる「今日」を感じてみたいと思うのは駄目なのか?
「今日」で最後、と思うのはいけないのか?
けれど僕たちは止まってはいけない存在だ、と心の中で解っているのだ。

ゆっくりした人は更に生きるスピードを速くさせようと周りから促される。
生き急いでいる人は更に生きるスピードを上げる。
それが人間だ――。


「それにしても困った。まさかここまで地元の大学が難しい場所だとは知らなかった」


僕はある大学の合格率の所を眺めながら静かに呟いた。
だって、思ってもみなかった事だ。
地元の友達がその大学に進学しない、と言うのも今なら頷ける。

でも、亜美の奴はそこを受ける、って言ったからもしかして頭良いのか?

僕が地元を離れるまでは、僕が半分家庭教師をしていたくらいなのに。
うーん、人間変われば変わるものなんだろう。


「よ、ユキ。どーだった?」

「あーうん…」


僕の応えは曖昧だ。
だけどその曖昧さが、彼には伝わったのか少し溜息を吐いた。


「てかさ、ただ軽い気持ちでそこに行くのもどーよ?」

「んー、でも勉強したい分野もあるから、さ」


軽い気持ち、なのかもしれない。
でも…。


「それよりケンちゃんはどうなのさ?」

「俺?……こんな感じ」


僕に紙を渡してくる。


「うわ――」

「……まぁ、お互い大変だな」

「うーん、でも…さ、ケンちゃんは皆とテストの受け方が違うでしょ?」

「そだな。実を言うとこのテストも実際受けなくても良かった。でも、どれだけ出来るか知りたかった」

「そうなんだ。でも、悔しいなぁ…。ずーっとこっちの教育を受けてきた僕に勝ってるんだし」

「あーんーどうなんだろうなぁ」


ケンちゃんは苦笑しながら、僕が返した紙を受け取る。


「まーでもさ、何処の大学に行くにしろ…自分のための場所がいいんじゃないか?」

「――」

「ま、これはあるお兄さんの言葉だけどな。実際、ゴール地点が見えている奴が何人いるやら」


僕にはゴール地点なんて物は見えていなかった。
何処がゴール地点でさえも――。






家に帰ると僕は自分の机に所狭しと開いて並ぶ参考書を見つめる。
昨日も結構遅くまでやっていた、と思う。
テレビのブラウン管に少し埃が溜まっている。

最近、日本にいるのに日本にいないような感じに囚われる。

いや、ニュースを知っていたから、と言って何が変わるワケじゃない。
だけど、なぜかニュースと言う物を僕は後ろ盾に使っていた気がする。
だから、一日遅れであっても気にしないでヤフーとか検索サイトのニュースを見たり、する。
最近のパソコンの役目はそんな程度だ。


「でも、父さんと母さんも喜んでたな」


僕が勉強に目覚めた、からだと思う。
いや、行きたい大学を僕が決めたから、だ。
確かに、僕は親を心配にさせる子供だ。
少なからず、申し訳ないとは思っている。

だけど、何か知っているフリをしたり。
何か少し威張ったりして、僕は二人を無視した。
だから、僕は彼らの下を離れたんだ。

でも、僕は子供だ――。
どう頑張っても子供なんだ――。

僕がやりたいのは、ウェブデザイナーかプログラマーです。

パッと思い浮かんだのはそんなフレーズだった。
多分、それは本当だろう。
実際、ホームページを作っていた時期もあった。
だから、タグだって多少は覚えたし、大学って所で勉強したい、かな。

どっちにしても、今の状態では駄目だろう――。
今まで僕は勉強を、一度限りのゲームみたいに考えていた。
てか、今もそんな感じだ。
そのゲームを応用して日常というゲームを生き抜く――。
それが僕ら人間だ。


「あ、電話だ――」


何時もこの時間帯に電話が鳴るようになった。
少し嬉しかったり、電話代が怖かったりしたりする。
毎日、一時間以上話していたらそんな心配も当たり前だろう。


「もしもし」

「もしもし、幸雄?今……大丈夫?」

「あー、うん…大丈夫」


ぼーっと自分の部屋の壁を見つめながら返事をする。
片方の手は無意識に髪の毛を掴んだり放したりする。


「それにしてもさ、最近よく話しているから、亜美が近くにいる感じがするよ」

「――っ。だ、駄目か?や、やっぱり忙しい?」

「だから大丈夫だって」

「……うん」


電話越しだから、亜美の口調は女の子だった。
何時ものアレは演じている、ワケではない。
普段の自分ってのを人間は持っていて、内面的な自分はあまり表に顔を出さない。

今の亜美は、内面的な部分が表に出てる――。
それは電話越しだからか、顔を合わせていないからか――。


「そ、そー言えば…ちゃんと勉強してるかっ?」

「まぁまぁ、ね。んー、でも…難しいなぁ」

「――そうなのか?」

「ちょっとね。自分の学力の程度が知れたって感じだ」


少し溜息を吐きながら言う。
ちょっとショックだったのは確かだ。
一応ちゃんと勉強してた…。

単に努力が足りないのか、出来ない、だけなのか――。


「ああ、でもさ…。最近、勉強時間も増えたし…学校の成績も前より良いかな?」

「そ、そうなのか?」

「うん。だからさ…大丈夫だよ。今日だってさ、模試の結果は悪かったけど、次は違う筈だ」


半分自分に言い聞かせているけれど、頑張れる――。
そう、思おう。


「幸雄……」

「――なに?」

「我が侭言って悪かった…ゴメン…」

「……何言ってるのさ?」

「俺が…勝手にあんな事言っちゃったし…幸雄にだって大事な時期なんだし――」

「――別に…あの大学調べてみたら興味持っている分野が良かったらさ」

「……」

「だから、さ。亜美の言葉には感謝している」

「――っ」

「亜美が僕の事を心配してくれるの分かった時から、なんか僕変われた気がする――」


実際、ソレを気づけなかったら、僕はどうしていただろう?
田舎には本当に一年に一、二回帰れば良いかな、と思うだけかもしれない。
親と言う存在を忘れたフリをして、僕は好き勝手に生きていくんだと思う。


「そう言えば、さ…今日はなんか変わった事あった?」

「え、俺?……あ、うーん…何にもなかったかなぁ…ただ部活行って、宿題やってそれだけかな」

「ふーん。僕もそんな感じかな。部活は辞めてからは、本屋に寄っていたりしたんだけど、最近はずっと家に篭もってるなぁ」

「……そっか」


ちなみに、ケンちゃんも同じ状態だ。
彼は僕より受けるテストの種類が多い。
確か今はTOEFLを勉強している。
ちなみに、彼に言わせればネイティブ…アメリカ人はそこまで文法に気を遣わないらしい。
確かに読解力、書く力はいるけれど、日本は異常だ。

一つの間違いを気にしたらソレを直し、そしてまた間違いを見つけたらまたやり直す。

せっかくの色んな発想を潰すのがその行為かもしれない。
確かにさ、数学の新しいセオリーを証明する時にはそう言うのが必要だ。
けれど、それを考え付く発想は日本人にはあるのだろうか?
足掛かりを渡されて、僕たちはそれを解いていく。

――間違いは誰にでも直せる。
けれど発想は、才能だ――。


「――幸雄」

「あ…なに?」

「あーそのさ…最近ってか、普段は幸雄って何喰ってんだ?」

「は?えーっと…飯は炊いているかな…。オカズは時々作ったり、買ったり――」

「作るって…冷凍?」

「――」


自慢じゃないけれど、料理は少しは出来る方だ。
最近は作る気力がないから、冷凍食品と惣菜に頼ってしまう。
高く付くのは分かるんだけど…。


「はぁ……身体壊すぞ」

「……来年の春までは持たすよ」


僕は苦笑しながら応えた。


「――じゃ、じゃあ…週末…飯作りに行くからさ…そっち行っていいか?」

「――は?」

「だから……幸雄ン家……」

「いや……いいけどさ…大変じゃない?」

「大丈夫…離れているって言うけど、電車じゃ二時間半くらいだろ?」

「まぁ…そうだけど」

「いいの。ほら決まり。じゃ、お休みっ」


そう言って亜美は電話を切ってしまった。
……えーっと、何か違う事が起きたな…今日。

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