昔に戻りたい、と思う人間は少なからずいると思う。
僕もその一人だ。
出来れば中学の時辺りで時間を止めて欲しかったりする。
きっと、親にとっては何を馬鹿な事を言ってるんだ、と怒られてしまうだろう。
けれど、そんな親だって昔に戻りたいと思う筈だ。

少なくとも、自分の家を離れた人間にとってはそんな事を考えてしまう。

少し度の過ぎた懐郷病、ホームシックって奴だ。
あまり好きじゃない母方の祖父母の家にだって行きたい。
会って簡単な挨拶を済ませて、外へ飛び出したい。
兎追いしかの山――ってな感じだ。

あの歌は、僕の田舎によく当てはまる、と思う。
そんな場所に今、僕は立っていた。
それは僕一人ではなくて――。



我が人生  ―懐郷―



「よく…似てる――」

「え?」


僕の友人はポツリ、と呟く。


「あー俺の田舎って言うのかな?ソコによく似ている。田んぼもあるし、細っこい道、空気が澄んでる、鳥の鳴き声がする」

「うん」

「それに――」

「それに?」

「夜になると蝙蝠が飛んでる、とか?」

「――正解」


僕達は思わず笑ってしまった。
彼と出会って、僅か二ヶ月弱だ。
けれど、あの場所では誰よりも仲良くなってしまった。

出会い、とはとても不思議な物だと思う。

空はほんの少し曇っていたり――。
ほんの少し肌寒いけれど、僕はそんな事を気にしなかった。


「それより、本当によかったの?」

「うん。実を言うと、友達を家に呼ぶのは初めてかもしれない」


僕は気遣う友人の言葉を苦笑しながら返した。


「さて、行きますか――」


僕と友人はあまり人を見かけない駅を出て、細っこい道を歩き出す。






「あ――」

「――ん?」


思わず声を上げてしまう。
しばらく道を進むと、そこには懐かしい自販機を見つけた。
コーヒーとか果汁ジュースしか出ない自販機だ、けれど馴染みは深かった。


「まだ、あったんだなぁ」

「この自販機?」

「うん。ほら、ここに五十円で買える奴あるじゃん」

「あーランダムって書いてあるな…ってランダムって」

「そ、失敗したらこの肌寒い中、キンキンに冷えた缶ジュースを飲むことになる」

「うわ――」


声では嫌そうだけど、友人の目は興味津々だった。
そんな彼は、とても純粋だと思う。


「買ってみる」


彼は五十円玉を一枚入れて、ランダムと書かれた所のボタンを押した。
ガコン、と音を立ててジュースが取り出し口に転がっていく。


「お、コーンポタージュだ」

「ん、当たり…だね?」

「ああ。よし、次はユキの番だ」

「あーうん、わかった」


僕も友人に習って、五十円玉を一枚入れる。
そして、少し何時もより強めにボタンを押した。
同じように、ガコン、と音を立ててジュースが取り出し口に転がった。


「――残念」


友人は少し哀れむような言葉を僕にかけた。
くそぅ――。


「自販機、半分壊れてるんだな…半分凍ってないか、それ?」

「うん……」


半分凍りかけのオレンジジュースが僕の手元にあった。


「やっぱり、幸雄は運悪いなぁー」

「え――?」


少し馬鹿にするような声が僕の耳に届いた。
自転車がブレーキをかけながら、キキーッと音を立てながら止まった。


「おっす、元気してたか幸雄」

「亜美っ」






「ふーん、幸雄の友達かー。幸雄が友達自分の田舎に連れてくるなんて、この三年なかったぞ」

「てか、普通はないっての」


亜美は興味深そうに僕の友人を見つめる。
実を言うと、僕の友人、望月 憲一ことケンちゃんは少しショックを隠しきれないでいる。
確かに割かし見れた女の子が男らしかったらショックを受けるだろう。
友人は少し苦笑しながら、亜美に自己紹介をした。


「初めまして、望月 憲一です」

「あ、うん。栗本 亜美だ。よろしくっ」

「僕の幼馴染。まーある意味女の子離れしてるけど、一応女だから」

「あはは」

「ゆ・き・おーー!!」


久しぶりに聞く亜美の怒声――。
それが少し心地よく聞こえてしまった。
やっぱり都会は騒がしいけれど、静かなんだと思うんだ。
田舎は静かだけれど、騒がしいんだ…良い方向に――。


「あ、そうそう。幸雄知ってる?」

「ん、何?」

「ウチの高校なんだけど、何を血迷ったか交換留学生なんてのをするようになったんだよ」

「へぇー」

「問題なのが英語の先生も日本語英語だからさ、その子が孤立しちゃってるんだよ。幸雄の学校ってそーいうのに強かったんじゃないっけ?」

「だからと言って、僕が英語出来る思う?」

「いーや、全然」


亜美はケラケラと笑いながら返事を返した。
くそぅ、文法なら誰にも負けないぞ。


「ま、幸雄には期待してなかったけどねー。で、モチは?」

「……俺?」


あー、亜美ったらまた勝手に変なあだ名をつけてる。
亜美の悪い癖は、人に安易なあだ名をつける事だ。


「そ。英語喋れるんかいな?」

「あーどうだろう?ちなみにその子の出身は?」

「うーん、確かミシシッピー…あ、いや、多分、アメリカだったと思うぞ」

「…そ、そうなんだ」

「そ。で、どうなんだ?喋れる?喋れない?」

「一応、日常会話程度なら良いかな」

「ほんと?あー、助かったー」


と、亜美は大きく溜息を吐いた。


「じゃ、今日の午後、その子の相手頼むわ」

「は、え?」

「んじゃ、まずは俺、先に帰るから。幸雄、逃げるんじゃないぞー」


と、亜美はいなくなった。
立ちこぎって、女の子はしないと思ったんだけどな。
少なくとも、制服でさ…。






「で、この子が交換留学生の――アンナちゃん」


僕の実家に着いて一息つくや否や――。
亜美は既にその交換留学生とやらを連れてきていたりする。
てか、まだ僕とケンちゃんは着替えも済んでいないのですけど――。


「――アナです、はじめまして」

「はじめまして」


アンナと呼ばれた子は、割と流暢な日本語を話していた。
そう考えると、別に心配もないんじゃないのかな、って思ってしまう。


「アナ――って」

「I'm from Norway」

「あ――。栗本?」

「う、うっさい。アメリカもノルウェイも一緒だい」


と、亜美は顔を真っ赤にしながら叫びだす。
まぁ、確かにアメリカ人はヨーロッパ人だけど――。
僕は少し苦笑してしまう。


「アナタは、英語喋れるんですか?」

「あ、うん。まぁノルウェー語は喋れないから、あんま苦労は変わらないと思うけどね」

「ううん。――ねぇ」

「ん?――ああ、なるほど」


アンナさんはケンちゃんにこっそりと耳打ちする。
それに反応するかのように、ケンちゃんは少し意地の悪い笑顔を見せた。
多分、それは僕と亜美に対してだと思うけど。






「あー、酷い目にあった。亜美の所為だぞ」


僕と亜美は二人で細っこい道を歩く。
この道は割と馴染み深い道だ。
なんせ通学路なんだから。

それに、亜美の家がこの先にあったりする。
良く言えば、亜美を送っている、って事だろう。
ただ、僕は散歩したかっただけ、でもあるけれど――。


「ウッサイなぁ。――まぁ、アンナも溜まってたんだろうね」


先ほどまでアンナさんとケンちゃんの二人だけで秘密の会話を始めてしまった。
秘密の会話としては、音量は普通だけれどね。
だけど、僕と亜美には理解不能だった。
あー、英語ってあんなんなんだなって感じだ。
今まで勉強していた事が少し馬鹿らしく思えてしまう。


「それより、あの二人は何処に行ったんだろう?」

「さぁーな。まぁ、アンナもストレス解消なったらいいけどさ」

「いいんじゃない。ケンちゃんって割と面倒見が良いし。それにしても、初めて亜美が唖然とした顔を見たな」

「にゃにぉー」


亜美はちょっとムッとしながら返事をする。
その反応が面白くて、思わず笑ってしまう。


「んー、幸雄って少し変わったかな」


更に機嫌が悪くなると思ったけれど、そんな事はなかった。
ただ、少し意外そうな顔をした。


「は?」

「だってさ、良く笑うようになった」


亜美は少し嬉しそうだった。
てか、何処か安心したような寂しそうな。


「ばーか。僕より年下なのに何お姉ちゃんぶってんだ」

「別に、素直にそう思っただけだよ。――ね、今日さ、夜…会おう」


亜美にしては珍しく真剣な声だった。
いや、何時もおちゃらけているワケじゃないけど――。
なんか、こんな声はかなり久しぶりかもしれない。


「前に一度、さ。夜中二人で歩き回っただろ。懐かしくなったから久しぶりにやりたい」

「別にいいけど…」

「よし、決まり。今日の夜だからな。それも、モチも誰にも気づかれずに、だ」

「んー、いいけど」

「んじゃ、俺はここで」


亜美はそう言って自分の家に駆けていった。
その姿を僕はただ見つめていた。

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