この世界には使える人間と使えない人間がいる。
けれど、そんなのは誰もが知っている事だ――。

僕は言うなれば「使えない」人間だ。

学校でも目立つ事はないし、成績も中の下くらいだ。
だけど別に困る事はないし、別に何かを言われない。
あまりにも目立たないから、僕は誰からも見られない。

でも、こう考える時がある――。

僕は自由な人間ではないのか、と――。
僕のように目立たない人間は何処まで行っても目立たないし――。
僕のような特徴のない人間は何処まで行っても誰にも迷惑をかける事はない。
少し悲しいのが、親も「そう」だと決め付けてしまった事。

僕の学校には帰国子女とやらがたくさんいたりする。
帰国子女と言う名だけでは、秀才なんだろうな、何でもできるんだろうな、と色々考えてしまう。
けれど、彼らは苦しんでいると思うんだ――。
確かに他の人とは経験してきた事が違う、けれど全員が「使える」人間じゃないのだ。
彼らは頑張って「使える」人間を装う。
その姿は、傍から見れば滑稽の何物でもない。

プライドなんてどうでもいい。
使える、使えないなんてどうでもいい。
そんな事を考える奴は多分いないと思う。
だって、自分の価値を見出すには、何かをしなければいけないのだから。

僕、藍川 幸雄、はこんなヤな奴なのだ――。



我が人生  ―生き方―



「うわ、また表紙に騙された」


僕は愚痴をこぼしつつベッドに寝転がって読んでた雑誌を閉じた。
まぁ、簡単に言えば少しエッチな雑誌だ。
たまたま本屋で発見して勢いだけで購入した程度の物だ。
値段を確かめもせず、他の漫画の単行本と一緒にレジに差し出した。

何故この本を買ったかと言うと、ただ僕の好みのタイプが写っていたからだと思う。
いや、多分ド真ん中なんだと思う。
実を言えば、この本は意外にも高かったのだから。
普通なら、やっぱり止めますって言ってしまうだろう。
でも、今日は違った。

普通に値段なんか関係なく欲しかったんだ。

まぁでも、買ってしまったのだから仕方がない。
僕はその本を本棚にしまって、テレビの前にドカッと座り込む。
何時もの様にテレビゲームを起動させる。
テレビは割かし見ない。
みんなが話すバラエティはほとんど見ない。
興味はないし、好きなお笑いは、って聞かれても頭の中に好きなお笑いの名前が出てくるまで一分以上かかる。

大体、アレの何処が面白いかよくわからない。
アレなら、朝のニュースとかで本当に極稀に誤読するキャスターの方が面白い。
ドラマだってほとんど見ないし、話題の映画だって混んでるだろうから見ない。

我ながらなんとも無気力な少年だと思ってしまう。

でもそんな自分を好きだと思っている自分がいるのだ。
やる気がなくて、自分が自分を嫌いだったら救いのない存在だ。
だから、最低限、自分の事は好きでいようと思っていたりする。

僕はスケベだし、女の子慣れはしていない。
話しかける時だって、目を見て喋れない。
まぁでも、そんな自分が純粋な奴だと思って自惚れていたりもする。

はい、僕は馬鹿です。

そう言えば今日、望月 憲一って子が転校してきた。
別に格好良いでもなく、普通っぽい感じの少年だった。
あ、でも…やっぱり空気は違っていた。
みんなが言うには日本人の考え方はしない、なんか外人みたいだ、と言う。
そう言われると、望月君は少し嫌そうな顔はしたが、苦笑して何も言わなかった。
僕も実際そう思ってたりする。

彼は「使える」奴だと思うんだ。

どうなんだろう?
直感みたいな感じだと思う。
必死に自分を作る人は「使える」人にもなれると思うんだ。


「あ、電話だ――」


プルルルと電話のコール音が聞こえた。
本当に家の電話が鳴る事自体が珍しい。
大体は僕の携帯にしか掛からないから。

まぁ、その携帯も時々にしか掛かってこないけど。

僕は急いで受話器を取り上げる。
そして耳に受話器を当てて、喋りだす。


「もしもし」

「おーっす、元気してたか」

「なんだ亜美か。久しぶりだね」

「おう、久しぶり。ってその「なんだ」ってなんだ?」


乱暴で男みたいな言葉遣いだけど、電話の相手はれっきとした女の子だ。
何分、可愛い故にそのショックが倍増してしまう。


「いや、亜美も変わらないなって」

「そういう幸雄もそうだっ。まぁ、ちっとは声変わりして男っぽくなったけどな」

「はいはい。昔は声が高くて女の子みたいでしたよ」

「なんだよ。お前、それを利用して結構モテてた癖に」

「ソレはソレ、今は今。本当、最近は全然だよ」

「ははは、お前の一番モテる時期は中学までだったみたいだな。それでどーよ?そっちの方は?」

「んぅ?別にあんまし変わらないね。まぁ、喧嘩友達がいなくなって少し静かになったくらいだね」


亜美とは喧嘩友達だったりする。
で、何時も僕が負けていたりするので格好悪い事この上ないけど。


「ははは、この栗本 亜美様が恋しくなったか?」

「うん、正直言うとそうかな」

「なっ――」


思わずポロッと出てしまった言葉。
きっと、本音なのだろう。


「ば、バッカ野郎っ」

「ご、ゴメン」


謝り癖は僕の悪い癖。
乱暴な所は亜美の悪い所。
だけど、彼女はとても純粋だ。


「そ、そんな寂しーんなら、帰ってきたらっ?」


恥ずかしそうな声。
ほんの少し、女の子っぽい言葉になっていた。
そんな亜美がやっぱり、可愛い奴なんだと思ってしまう。


「ぁ……ぅ、うん…。今度の休みはさ、久しぶりにソッチの方に行ってみるよ」

「……そっか、待ってるぞ」












朝になると、僕は割かしご機嫌だった。
この家には、この部屋には僕と言う人間しかいない。
何時もは何も感じず、自分の身支度を整えている。
だけれども、今日の僕小さく鼻歌を歌っていたりする。

きっと、嬉しいんだと思う。
きっと、楽しいんだと思う。
きっと、安心したんだと思う。

何時もより五分早く家を出る。
外はとても気持ちよくて、とても爽やかだった。
てか、今の僕にとったら晴れも雨も大して変わらない。

僕の家のマンションには一つエレベーターがある。
だけど、この時間帯は中々すんなりと乗り込めない。
今日は別に気にしない。
今日は階段を使おう。
そんな気分なんだ。

何時もの長ったらしい真っ直ぐな道も今日は微妙な変化に気づける。
玄関に植えてある花に水をやっているおばさんがいた。
その人に一言挨拶をする。
そしたら、そのおばさんも小さいけれど、ちゃんとはっきりとした声だった。
ちょっとした戸惑いもあるけれど、おばさんはなんとなく嬉しそうに返事をした。

ちょっと進むと、ちらほらと学生の姿が現れだす。
でも、ほんの少し早い所為か顔ぶれが違った。
ジャージ姿の生徒も何人かいた。
多分、僕より年は下だろう。

高校生活最後の秋、なのだ。
僕は受験生だったりする。
行く大学、そんなのは一応決まっていたりするけれど、あまり勉強しなくても行ける所だと思う。
だけど、そんな所に入って何の得かは解らない。
てか、将来どうなるかも予想はできない。

やっぱり、元いた場所の大学に行けばよかったかもしれない。
多分そこには、中学の頃の親友も行くと思うし、亜美だってそうだと思う。
都会の学校へ進学したのは僕一人だった。
その時から僕の選択は間違ってしまったのかもしれない。

気分がよかったのに、ほんの少し溜息を吐いた。


「はぁ――」


と、僕の後ろから聞こえた。
流石に僕も後ろから息を吐くことなんてできない。
ふと、後ろを振り返ると――。


「あ――」

「え――」


昨日、うちのクラスに入った転校生だった。
思わず声を出してしまった。


「あ、あの…おはよう」

「お、おはよう」


お互い、苦笑しながら挨拶しあう。
ほんの少し僕と似ているような気がした。


「早いね」

「あーうん。まだあんま慣れてないし、割と早く出かけるのが好きだからさ」

「そうなんだ」

「えっと……君は?」

「僕?僕も……同じかな」


彼はとても似ていた。


「あ、僕は…藍川 幸雄って言うんだ。一応、同じクラスの」

「うん、顔は覚えてる。知ってると思うけど望月 憲一です」


お互い、苦笑しながら自己紹介をする。
こんな自己紹介をしたのなんて初めてだ。


「そう言えばさ、アメリカ、だったよね?」

「あーうん。でもまぁ、田舎だし」

「田舎…って事は英語しか通用しないんでしょ?」


そう、聞いたことがある。
都会、NYとかロスとかは日本語だけで生活できる場所らしい。


「まぁ確かに…あ、最近はメキシカンが増えたなぁ」

「メキシカン…メキシコ人?」

「ん。スペイン語」

「んー、どんなのか想像出来ないや」

「あー確かマクドナルドのCMでスペイン語使ってた時があったと思うよ。オラー、アミーゴスって」

「アミーゴってスペイン語なんだ」

「うん。スペイン語」

「やっぱ、凄いなー」

「そっかな?多分、生きるために必要なら必要だと思うよ?」

「そっかな?」

「うん」


そう自信満々に言われてもなぁ。
多分、僕では駄目だろう。


「そう言えば大学は?今から受験勉強始めるの?」

「あー、推薦ってか、帰国子女枠って奴みたい」

「へー」

「まぁ、コスイって思うけどさ」


少し苦笑ながらそんな事を言った。


「あーなんか、昨日より言いたい事言えた気がするな」

「そうなの?」

「やっぱりさ、知らない人だから――そうなると、藍川だってそうだけど、俺と似てる」

「あはは」

「なんか困った事があったら聞くかも、いいかな?」

「うん、いいよ」


良い事ってのは続き様にあるみたいだ。
僕は、この日から「使える」奴になった――少なくとも彼に対しては。
高校生活も残り少なくなった、ある秋の日の出来事だった。

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