6.リンゴ

By KEN






「わぁ…」


玄関の方で、誰かが声をあげていた。
気になったので見に行ったら、美奈と大きな箱がいた。
箱の中からは幾つ物赤い球体状のものが箱に詰まっていた。
それが、リンゴだと言う事に気づく。

それにしても、鮮やかな赤だ。
形も良いし、多分それなりの値段の物だろう。


「どうしたんだ、それ?」

「あ、則和さん。これ、美亜ちゃんからです」

「美亜?…あぁ、美月の事か」


脳裏に浮かぶ黒髪の少女。
そう言えば、彼女が住んでる場所は特産物がこれだったと思い出す。


「あ、写真も♪」


そう言って、美奈は俺に写真を渡した。
ふむ…写っているのは美月とその両親だった。
そう言えば、美月は髪型を変えたんだな…。


「ショートにしたんだな」

「そうですね。なんでだろ…?」


ふと写真の裏を見ると女の子らしい文字がびっしりと書かれていた。
美奈に宛てた手紙だろう。


「手紙が裏に書いてあるぞ」

「あ、どうも」


美奈に写真を渡す。
暫く静かに読んでいたが、何となく美奈の表情が変わる。
何というか、険しいと言うような感じだ。


「…則和さん」

「ん…なんだ?」

「浮気したら許しませんからね」

「は…?」












「で…このリンゴはどうするんだ?」


箱一杯に入っているリンゴは、ゆうに三十個を超えていた。
美神家の全員が三個ずつ食べても、最低十五個は残る。
と、言うか毎日リンゴばかりは食べれない。
食べれても、日にちが空くので状態も味も悪くなっていくだろう。


「どうしましょう?…イチゴならジャムに出来ますけど」

「アップルパイにでもするか?」

「…誰が、作るんですか?お母さんはアップルパイ作れなかったと思います」

「……俺が作ろう」


言い出したのは自分だ。
昔、自炊していた時は、甘食もそれなりに作った。
多分、大丈夫だろう。
レシピも頭に入っている。


「…お前は…あ、いい」

「……」

「涙ぐむな」

「戦力外なのはわかってますけど、そんな風に言わなくてもいいじゃないですかっ」


俺の言葉に美奈は泣きそうになっていた。
最近、肉じゃがを覚えただけの腕じゃ無理だな。
いや、苦手意識を持っているうちは駄目だなぁ…。


「…だって」

「はぁ…一緒にやるか?」


そう言うと何も言わず、首を縦に振った。












「では、まず最初にリンゴの皮むきだ。始め」


で、美神家の台所を二人で占領した。
元々留守番を言い渡されていたのだから当たり前か。
と、言うかここの大人達は、あまりにも外に出すぎではないだろうか?

それで、何時の間にか手は一つ目の仕事を終えていた。
残り二つのリンゴの皮むきにかかる。
ふと横を見ると、何となく悲しい光景を見た感じがした。


「美奈」

「…は、はいぃ」


少し裏返っている声が聞こえた。


「確かに、以前よりは包丁さばきもよくなった。が…」


俎板の残骸に目を向ける。
別に、リンゴの皮を繋げきって剥けと言ってはいない。


「皮を厚く切りすぎだ」


下手すれば5mmぐらいの分厚さだ。
リンゴが勿体無いと思うのは、ケチ症からではないだろう。


「…次のから皮むき機を使います」

「ん…。今度、安いリンゴででも練習しよう」


少し溜息を吐いて次のに取り掛かる。






「痛っ…」

「っ…切ったか?」

「あ、えと…大丈夫です」


美奈は俺に怪我を見せないように片方の手で隠す。
だが、こちらも容赦はしない。


「見せてみろ」


強引に美奈の手をとる。
左手の人差し指の先から少し血が出ていた。
その指を自分の口に含んで吸う。


「ぁ…の、則和さん」

「これくらいの傷なら明日には治るさ。薬持ってくるからな」












「うぅ…」


胸が痛いくらいに高鳴っている。
声が出しにくい。
顔が真っ赤だ。
こんな様子で続きが出来るか心配だ…。

則和さんが…私の指を…。


「ほら、手出せ…」

「ぅ…はぃ…」


何時の間にか戻ってきたし…。
私の手をとって、怪我をしている指先に薬をぬる。
それが終わったら、手早くバンドエイドを貼る。
手際がよくて感心する。
まぁ、それだけ怪我をしてきたからだろけど…。


…時々、私も思い出す。
あの、痛々しい傷を。
切り傷、刺し傷…銃弾を受けたと思われる傷跡も見たことがある。


「ほら、続きはじめるぞ」

「はいっ」


だから、私もしっかりしなくちゃいけない。
彼をこれ以上戦いの場に立たせないためにも。
彼のためなら、私が傷ついても構わない。













それで、一通りの肯定は終了した。
リンゴを煮て、パイ生地も作った。
今、二つのアップルパイはオーブンに設置されている。

少し休憩と言ったところか、私と則和さんは今でくつろいでいる。
則和さんは、本を読んでいる。
まぁ、何の本かはわからない。
洋書である事は確かで、題名は『Brave New World』と書かれていた。
『素晴らしき新世界』だろう…日本語訳は…多分…。

先月はフランケンシュタイン、そのまた前はマクベスを読んでいた。
フランケンシュタインで思ったけど、本当は人の名前らしい。
則和さんに、フランケンシュタインは人で、ゾンビを作った人だと言われた。
で、年が経つにつれて、私達は間違った認識を持ったらしい。
それを聞いて、少しだけ私が物知りになれたと自惚れてしまった。


「その本、面白いですか?」

「まぁ…面白いような違うような…」


則和さんは苦笑した。
内容があまり良い物ではないらしい。


「まぁ、簡単に言えば未来の世界を昔の人が自分なりに想像した話だ」


そう言われた。
未来の世界か…ドラえもんの時代のようなものかな?
タイヤがついてない車とか、自律動型のロボットとか…。
物が便利になるのはいいと思うな。私はそう言った。
そうすると、則和さんはこう言った。


「この本の未来はもっと歪んでいる。男女の関係が特にな」


一息置いて…。


「この世界だと、少しでも気に入った相手なら異性同士ならセックスをする。
進んだ科学の所為で妊娠の心配もないし、機械が子供を世話する。
要するに親も家族もないんだ。
あるのは、偽りの関係の恋人同士と呼ばれるものだけだ。
俺は住みたくはないな」


きっと、私はそんな世界には住みたくないだろう。
私は家族がいないと絶対に駄目だし、子供だって…う、産みたい。
だから、そんな世界には住みたくない。
軽い関係なんて、想像したくもない。
則和さんともそんな感じには結ばれたくはない。












「よし、オーブンから出すぞ」


オーブンから取り出されたアップルパイは程よく茶色い焦げ目をつけて、焼けていた。
二つ作った、その中で少し…本当に少し不恰好なのが私のだ。
まぁ、中身が大事なんだし…要は味だ。


「まぁまぁだな。さて、実験型はあっちに置いて…。美奈の奴を食おう」

「え、あ、はい」


そう言えば、則和さんの奴は私のとは別の作り方をしていた。
と、言うか…何かのお酒を多量に入れていた気がする。


「まぁ、あれでもいいんだけどな…ノーマルの方が無難だ」

「え〜、二つとも食べましょうよ」

「まぁ、いいけど」


何となく好奇心と言う物が沸く。
お酒が入っていようと、アルコール分は飛んだはずだ。
私でも大丈夫な筈だ。

で、私と則和さんはアップルパイを切り分けて今の方へと、それを持っていった。


「いただきまーす」


紅茶と二種類のアップルパイ。
多分、今日日の高校生にとっても文句のないおやつだろう。
それに、材料も作り手も良いのだ、不味い筈はない。

自分のは自信がないけれど…。


「ん…美味いぞ」


則和さんが私の方のアップルパイを一口食べていた。
そういわれて、何か心の中がムズムズしたような感じがした。
なんか、照れてる…私。
嬉しくて、素直にそんな言葉を言われて…。


「あ、あはは…ありがとう、ございます…」


私も一口口に運ぶ。
甘酸っぱいリンゴの味が口の中に広がる。
美味しい…。


「次は…則和さんの…はむっ」


則和さんの美味しくて、香りまでよかった。
リンゴだけど、もう一つ何か違う匂いがした。
リンゴ酒なんてあるのかな?そんな果物のお酒で香りがした…。


「あ…っと、美奈…それは一口、二口だけにしておけ」


則和さんは少し困ったような表情を浮かべていた。
だけど、私はその願いを無視してしまった。
美味しいのだ…。
甘い物は女の子の主食と呼べる物だ、それを食べていけないと言われては、こっちだって黙っていない。


「おい」


止めるのは遅し、もうほとんど食べきっちゃいました。
満足感が漂う…。
紅茶の方に手を伸ばそうとした…。


「あれ?」


私の手は紅茶が入ったティーカップを空振りした。
というか、途中で手が上がらなくなった…。
ずんと少し頭が重くなるような軽くなるような…。
なんか、体が軽くなった気がした。


「…アルコールが完全に飛んでなかったか…」

「あぅ…則和さぁん…これ、ぃたぃ…?」

「だから、アルコールが飛んでなかったんだ…ったく、一気に口の中に入れやがって…」

「ぅ…立てませんぅ…」

「はぁ…足にまで来たか…注意を無視したからだ」

「のりかずさぁんぅ…」


呂律がうまくまわらない…。
手にも足には力が入らない…。
私はテーブルにうつ伏せになっている状態だ。
頭もぼ〜っとしてきた…。

ヤバイ…本当に、酔ってる時の状態だ…。


「さてと、片付けしてくる。お前はそこで酔ってろ」

「ぅぅ…のりかずさぁんぅ…」


則和さんは、自分のお皿と私のお皿を持っていってしまった。
まだ、残ってるのに…。
あぁ、何か意識が遠のいていく…。
私って、こんなに弱かったかなぁ…?
あぁ、駄目だ…頭がクラクラする…何も考えられない。






























「んぅ…」


頭がぼんやりとしている。
夕日が差し込んできて、少し眩しい。


「起きたか?」

「のりかず…さん」

「ん。落ち着いたみたいだな」


私は、私の部屋のベッドに寝かされていた。
薄めのタオルケットをかけられていた。


「私…酔っちゃって…」

「そうだ、目を回していたからな」


少し恥かしい…。


「まぁ、あのパイは危険な物なので那珂沢やら刈川やらに渡してきた」

「あはは、アルコールに強そうな人達ばっかりですね」

「ああ。まぁ、お前より弱い奴はそうそういないだろうがな」

「うぅ…」

「さて…晩飯でも作ってくるかな」


則和さんはそう言うと立ち上がる。
私も慌てて後を追おうと、上半身を起こそうとする。


「お前はここ。もう少し寝ていろ…な」

「…はい」

「ん、良い子だ」


頭を撫でられた。
くすぐったくて、気持ちが良くて…。


「じゃ、少し待っていろ。すぐに片付けてくるから」

「はい、いってらっしゃい」

「ん、いってきます」


則和さんは私の部屋から出て行った。
私は、目を閉じてもう一度眠った。

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