「あぁ、もうこれでぼくは――」


あたしの耳に心にそんな声が響いた。
その声はとても満足げでその声はとても寂しそうだった。

あたしは何か言いたかった。

けれど、自分の口は意志は思うように働かない。
そんな気分の悪さに、言えたのはこんな言葉のみだった…。

――気持ち悪い・・・――





生きて生きて生きて
「シンジ〜…」 特別な理由はないけれど、あたしはソイツの名前を呼んだ。 そうすると、あたしの隣で静かに本を読んでいたソイツは少し面倒くさそうにあたしに返事をする。 「なに、アスカ?」 いつものように少し頼りなげな声だった。 それでも、その声に安心する自分がいた。 「ヒマ」 「ヒマ…って。仕方ないじゃないか、アスカはまだ全快じゃないし」 「むぅ」 あたしの右手は少し痺れた感じがしてて、動きが鈍い。 それに、身体も鉛のように重い。 やっと上半身を起こせるようになるまでに回復した。 あの偽物の槍(ロンギヌス)を受けた時の傷が原因なんだろう。 シンジもシンジで無傷ってわけじゃない。 あいつは必死で隠してるようだけどバレバレだ。 あいつの手の平には痣が出来ていて。 時々、変な痺れがあるみたいで、物を持つ時よく落としていたりする。 「アスカも本読む?」 「ヤダ。あんたの読んでる奴って全部推理物だもの」 「はぁ…ぼくに恋愛小説が理解できるわけないじゃないか」 「むぅ」 …だからあんたは鈍いのよ。 あたしは心の中でそう言った。 まぁ、仕方ない。 このままもう一眠りするのも良いかな。 てか、一応病人なんだし、寝るのが病人のつとめか。 一つのシミもない天井を見つめる。 いい加減この何もない状態に飽きた。 でも身体が思うように動かないのがとてももどかしい。 「寝るの?」 「そう」 「そう。…じゃあ、ぼくは帰るね」 「ん…ミサトによろしく言っといて」 バタン…とドアの閉まる音がした。 もうこの個室にはあたししかいない。 少し寂しい感じもする。 今まで、寂しさを感じなかったのは少なからずアイツのおかげなんだろう。 …癪だけど。 シンジもアレはアレなりに忙しいみたいだ。 学校の方はすぐに再開したみたいだし。 今日みたいな週末以外は夕方にしか現れない。 まぁ、それでも甲斐甲斐しく毎日来てくれるのは嬉しいものだ。 あんな非日常な事が終わって、あたし達は普通な生活を送り始めた。 あたしにとっては、これが非日常であったりするけれど…。 それにしても、あたしともあろう者がバカシンジごときに飼い馴らされるとは――。 だって、毎日お弁当を持って来てくれるし、いつも話し相手になってくれる。 今更だけど、やっぱりアイツはバカで優しすぎる。 いつの間にか、ほんのちょとだけどアイツの事良いなって思っていたり――。 む、やっぱり前までのあたしじゃない。 あー寝よ寝よ! 少し夕日が入って眩しいけれど、頑張れば寝れるはずだ! 早く治してあいつをブッ叩いてやらないと! 「さぁ…今日もやるか」 家に戻って、夕飯をつくった。 今日は豚の生姜焼きにした。 ミサトさんはビールに合う、って言ってたっけ。 そしてお風呂に入って、ベッドに潜り込んだ。 もう深夜を過ぎているこの時間にぼくは赤い海の前にいた。 ミサトさんにはバレていない、と思う。 ぼくは目を閉じる…。 真っ暗だけど小さな光がいくつも見えた。 その光にぼくは言葉をかけてみた。 それはいつもの事。 ぼくはその光を説得している。 その光は言うなれば魂と呼べるもの。 肉の器を脱いだ人の姿。 だけどその人達の意志は普通の人達より強くて…。 まるで、その光達が一緒になってぼくの介入を拒んでいるように感じた。 多分、とても居心地の良い場所なんだと思う。 いっつも彼らからは謝罪の言葉しか聞けない。 もっと何かを聞きたかった。 けれど、彼らの世界を壊すことなんてぼくには無理だから…。 永遠に変化がない。 それが補完と言う物なのだから。 この海から還ってきてくれる人は、もういないのかもしれない。 光と話せる…それがサードインパクト後に手に入れたぼくの力。 望んで手に入れた力じゃない。 そんな魂に触れられても、ぼくなんかじゃこの人達を説得なんてできない。 だから、本当に無用な力。 「ふぅ…」 目を開けた。 深夜だし、まだ完全に機能していない街のおかげで星が良く見えた。 いつか、この星も見えなくなるだろう…それもすぐに。 そう考えると、今見ておくのは大事な事だと思ったりした。 本当に無能なぼく() 入院してから、いつの間にか一ヶ月が経った。 鉛のような身体もいつの間にか羽の様に軽くなった。 今はもう、病院の中なら思いっきり歩き回れる。 まぁ、それでもシンジが来そうな時間はちゃんとベッドの中にいる。 今だってそうだ。 あ、そこの看護士笑うな! アイツって結構五月蝿いから、……心配かけないようにしないと。 しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。 多分シンジだろう。 ――と、言うか絶対そうだ。 「入って良いわよ」 「こんにちは、アスカ」 ほら、やっぱり――。 「もうっ。遅いわよシンジ!」 週末の楽しみはコイツがお弁当をつくってきてくれること。 お昼の病院食はとても不味いし。 「あ、ゴメン。…はい、これお弁当」 シンジがあたしにお弁当箱を渡した。 いつものように彩りの良いおかずと白いご飯。 「うん…まぁまぁよ」 「そっか、よかったよ」 美味しい、って言えばよかったかしら? …でも少し恥かしいし…。 「ねぇシンジ」 「…なに?」 「あたしね、明日退院なの」 今日、看護士から聞いた。 だから、シンジも知らないはずだ。 「…え?」 「だから、あ、し、た!た、い、い、ん!できるの!」 あたしはさっきよりその言葉をはっきり大きく言う。 「え、ええ!?ほ、ホント!?」 「ホントホント。やっとここから出られるわよ」 「…アスカ」 「なによ? 「おめでとう」 「…ありがと」 きっと顔が赤くなっていると思うから横を向いておこう。 ブラインドも開けて、夕日も差し込んでくるようにしないと。 「それじゃあ、惣流の退院を祝して――「「「乾杯!!」」」 ホント、病人にこんなに夜更かしさせるなんて良いのかしら? 退院したら、いきなりシンジから今日はパーティをやるから、と言われた。 あたしは呆然となってしまう。 だけど、家にはもう準備が整っているようだった。 まぁ久しぶりの我が家は前とあまり変わりがなかったから、少し嬉しかった。 だけど、メンバーがいつもより多かった。 まぁ、まだ全快じゃないけれど、いざとなったらシンジが看てくれるでしょう。 言いだしっぺはアイツだし。 「アスカ、久しぶりね!」 「ヒカリ!元気してた?」 懐かしい顔ぶれも見た。 ヒカリ、二バカ、ミサト、加持さん、マヤ、日向さん、青葉さん、副司令…。 ホントに意外だった…。 副司令なんて、絶対ここに来るなんて考えもしなかったから。 まぁ、実際いるもいないも同じだけど。 副司令は部屋の隅でひっそりと飲んでるだけだし。 「ねぇねぇアスカ!碇君となにか進展あった?」 「は、はぁ?」 「なによ?まさかなんにも進展ないの?」 ヒカリが心底つまらなそうに言った。 「そ、そんなたった一ヶ月の入院生活で変わる訳ないでしょ!」 「へー」 「な、なによ?」 ヒカリはニンマリとした笑顔をあたしに見せる。 なにか、とてつもない敗北感を感じるんだけど…。 「別に。あたしはシンジとはなんでもないのよ!――って言わないだけ進展したと思っただけよ」 「あ――」 「まぁ、アスカも少しは素直になったようね」 「……そ、それならヒカリこそ鈴原とはどうなのよ?」 「べ、別に!あんな朴念仁知らないわよ!」 ヒカリは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。 結構難航しているみたいね。 あたしはヒカリと同じようにニンマリとした笑みを向ける。 ヒカリは少し悔しそうな顔になる。 久しぶりにこんな会話ができた。 それが楽しくてたまらなかった。 「ん…やっぱり、枕が代わると寝付けないわ」 パーティも終わり、あたしもすぐにシャワーを浴びてベッドの上に横になった。 今まで寝ていた病院のベッドって割と使い勝手がよかった。 きっと、あたしに対しての病院の配慮と言う奴でブランド物で高価な奴を病院用に改造したんだろう。 それくらい、ベッドはふかふかしていたし、枕の肌触りも気持ちよかった。 「もうっ!……牛乳でも飲んでこようかな」 牛乳を飲むと、眠りやすくなると聞いたことがある。 まぁ、実際あたしは小さい頃から牛乳を寝る時に飲んでいたし。 多分、それは正解だと思う。 廊下に出ると、そこはやっぱり真っ暗だった。 ここが自分の家…そこに帰ってこれた…。 あたしは口元を緩めた。 きっとあたしは嬉しいんだ。 だって、いつの間にか、ここがかけがえのない場所だと実感できたから。 この家の匂いが好きになれた。 多分、これはシンジの匂いだ…。 いっつも忙しなく家事をしていたアイツを思い出す。 今となると少し可哀相だったかなと思う。 そうだ、あたしの調子が戻ったら少しだけど手伝ってみよう。 それが家族ってもんだ、うん。 そう心の中に決めて、キッチンに向かおうとした。 すると、それと同時になにかプシュッと空気の抜けるような音がした。 あれは、ドアが開く音だ。 誰かが出て行った…。 ミサトだろうか? あたしは足を少し速めて玄関の方に向かう。 泥棒とかだと困るから、足音をなるべくたてないようにして。 「……ぁ…」 後姿だけど、あたしが見たのはシンジだった。 こんな真夜中と言える時間にアイツは何処に行くんだろう? む、着いて行ってみようかしら? 下のコンビニに行くだけなら、偶然あたしもジュース買いに来たって誤魔化せば良いだけだし。 そう決めるとあたしは家から出た。 そこには赤い海がある。 …あそこら辺だろうか? あたしとシンジが寝ていたのは? あたしがあの時、何かを聞いて、何かを言ったのは…。 波の音…。 視覚には無数の星と、白い変な頭の様な物。 うっすらと笑顔に見える。 あ…あれは、綾波 レイだったものだ…。 「……ぁ…」 そこにはシンジがいた。 何故かアイツの周りには無数の光が舞っていた。 それに反応する様にシンジは何か小声で言葉を呟いていた。 なにかそれが、とても幻想的で…とても悲しい風景だと思った。 あたしは理解した。 アレは人の魂だと言う事を。 アレは人に戻る事を拒んだ人の意志だと言う事を。 きっと、あの中にはママもシンジのママやパパもいるはずだ。 シンジはきっと戻ってきて欲しいんだ…。 「ふぅ…」 だけど、光は静かに消えていく。 それがとても悲しい。 シンジはまだあたしに気づかない。 シンジは後ろを振り向くことなく、赤い海の方へ歩き始めた。 「――っ!」 あたしは目を疑った。 なんの迷いもなく、アイツは前へ前へと歩き続けている。 自殺…とあたしは悟った。 あたしは病み上がりなのを気にせず、海へと駆け出した。 こんな事ならもっと近づいていればよかった。 まだ、大分シンジと距離がある。 水の温度がとんでもなく冷たい。 あたしは顔をしかめる。 けれど、スピードを緩めるつもりはまったくない。 早く早く早く! 「……アスカ?」 虚ろな目をして、後ろから追いかけてくるあたしに気づいた。 ――てかもっと早く気づいて欲しい。 サードインパクトの衝撃で地軸がまたズレて、今度は常冬の日本となっていた。 だから、水の冷たさが身にしみる。 「…ぁっ…こ、…ぶゎか!…ンジ!」 焦ってるのか、声が出ない。 だから無理矢理シンジの首根っこを掴んで、浜辺へと引っ張っていく。 身体が重い…。 もしかしたら、また体調が悪くなったかもしれない。 「ゴホッ!ゴホッ!」 「……」 思いっきり咽る。 歯がカタカタと鳴る。 「アンタ!なにやってんのよ!」 「……」 シンジは膝を抱えてダンマリとしていた。 あたしはその態度が許せなくて…。 両手で顔を上にあげさせる。 「…ぁ…」 「なんとか言いなさい!」 「……もう…ぼくは、生きていても仕方ないから…」 そう言って、小さく言葉を発する。 その言葉にあたしは耳を傾けた。 小さくて、小さすぎて聞き逃しそうだった。 「ぼくはあの光と話せる力がある…。けれど、彼らは帰ってこないんだ…。永久に…。だって、あそこは苦しめる物はないから…。 そして、ぼくは…なにをしても無駄だと実感した。あ、アスカには元気になってほしかったから、 アスカが元気になるまでに彼らが考えを改めなければ、 ぼくは全てを諦めようと思った…。だって、ぼくだよ! こんな事したのは…だから、辛くて…嫌で…もう…楽になりたくて…」 涙を流しながら告白する、シンジの想い。 「父さん達の光も見つけたんだ…。何回も帰ってきてとお願いした。 だけど、みんなごめん、とか、嫌だ、とかしか言わない。それがとてつもなく嫌だった。 父さんも母さんも綾波もカヲル君も!帰りたいとは言わなかった! ただ、ぼくを見守ってるって言ってすぐに引っ込んでしまう! なんでわかってくれないんだ!?残された人の方が辛いんだよ!? それに、彼らは生きれるんだよ!?それなのに…」 そう言ってシンジは咽び泣いた。 あたしは静かにシンジが泣き止むのを待って、落ち着いてきたら強引に立ち上がらせて家へと引っ張っていった。 「シンジ」 「……」 あれからシンジはなにも喋らなくなった。 まるで、心の中が空っぽになったみたいに。 これじゃあ、人形も良い所だ。 少し嬉しいような悲しいのは、シンジは人形のような目をしていても、あたしに料理をつくってくれている。 だけど、その姿がまるでロボットみたいで…。 それが悲しかった…。 ミサトは家にいる間はシンジを優しく抱きしめている。 少しでもコイツに自分の気持ちが伝わるようにしたい、と言っていた。 加持さんもちょくちょくウチに来るようになった。 何回も何回もシンジに喋りかける。 だけど、シンジは無言だった。 あたしもシンジの手を引っ張って外に連れ出していた。 学校なんて知ったこっちゃない。 今はシンジの回復が先決なんだから。 ヒカリや二バカもほとんど毎日お見舞いに来てくれている。 シンジ…聞こえているのなら言ってあげる。 シンジは色んな人から愛されていると…。 親愛と言う愛はヒカリや二バカから…。 家族愛と言う愛はミサトと加持さん。 そしてあたしは…純粋に愛していた。 あー自分でも理解した、恋愛だ。 「シンちゃん…今度のお休み、ピクニックにでも行こっか?あ、勿論、お弁当は私がつくるからねぇ。 ミサトお姉さんだって頑張れば出来るんだから!」 「そうよ!今日から家事は分担するのよ!今日の夜はあたしがつくるから!」 前の頼りない、けれど優しいシンジに戻って欲しい。 こんな壊れたシンジは嫌だ。 目には光がなくて、なんに対しても無気力。 あたしがちゃんと手を引っ張らなきゃ何処にも行けない。 まぁ…ほんの少しあたしが世話できて嬉しいんだけれど…。 シンジ…あたしはずっと一緒にいるからね。 シンジがちゃんと元に戻ってくれるまで…。 …ね? 「ま、結局アンタ達に恨み言言わせてもらうわ」 あたしは一人赤い海の前に立っている。 もうシンジがあの状態になって一ヶ月が経った。 本当にみんなシンジに対してとても温かい物を感じた。 確かにシンジはなにも喋らないけれど…。 だけど、生きていてくれるのは凄く嬉しかった。 むぅ、潮風が冷たくて、あたしはこの場所に立っているのが嫌な気分になった。 けれど…これだけは言いたかった。 「アンタ達の所為よ!シンジの言うとおりよ!逝く人間より残された人間の方が辛いのよ! まだこれから長い年月をかけて生きなくちゃいけないから! なんでアンタ達は生きようとしないの!? このままじゃ本当にシンジが消えてしまうかもしれない!知ってるの!?アンタ達の所為よ!」 ――すまない―― そんな声が聞こえたような気がした。 更にあたしの怒りを買うような台詞を…。 「謝るな!謝るなら!帰って来い!」 ――すまない―― 「謝るな!」 謝るな! 謝るなら約束を守れ! 帰って来い! 「もう…いいよ…」 「…ぇ……?」 あたし一人で来たはずなのに…。 シンジが…いつの間にかあたしの後ろにいた。 今もまだ目に光は宿っていない。 「シンジ…」 「大丈夫だよ…。今まで心配かけてゴメン…。ほんの少し…疲れただけだから…。それに…いつまでもこんなぼくじゃいけないから」 心が疲れた…。 あたしは恐怖を感じた…。 シンジが溶けてしまいそうに感じたから。 「シンジ!」 「アスカ…ぼくを好きになってくれてありがとう…。こんなぼくを…。多分、生きてきた中で一番嬉しいと思う」 「……」 「大丈夫…。ぼくは溶けないよ…。まだ、生きたい。だって――」 あたしはシンジを思いっきり抱きしめる。 赤い海の住人たち! 笑うなら笑えば良い! わざわざ苦しい生き方をする事に! だけど! あたし達は人間なんだから…。 「シンジ…シンジシンジシンジ…」 「うん…ぼくはこの世界にいたい。まだいたいんだ…」 「うん」 「この世界が好きだから…」 シンジもあたしを抱きしめる。 力を込めて…。 少し痛いぐらいに…。 思わず顔を上にあげた…。 それと同時にシンジはあたしの唇を奪った。 「ば…な――!?」 なにも言わせないようにするシンジの圧力。 だけど、嫌じゃなかった。 赤い海の住人たち! バカバカしいのなら笑えば良い。 だけど、あたしたちよりアンタ達の方がバカだと理解しろバカ! Fin. 後書き 久しぶりに短編を書きました。 すげー、長くなりました(汗 今回もEOE補完物語を書いてみました。 こういうのって考えるの面白いですよね。 よかったら感想ください。 もしくは掲示板にも書き込みどうぞ♪
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