「じゃあ、今日はこれまでっ」
平日の過ごし方 夜の風景
今日も滞りなく部活動を終えた。 いや、先輩が顔を出したから、いつもより盛り上がったかもしれない。 先輩は部活のメンバーに人気がある。 特に一年生の後輩の子とかは、我が我がと言う感じで先輩に教えを請おうとしている。 先輩も嫌な顔を一つせず教えているので、わたしはなにも言えなかった。 だけど、やっぱり少し先輩には身の振り方を考えて欲しい。 部活に来てくれるのは、とても嬉しい。 だけど、先輩が他のみんなに笑顔を見せているのが、話しているのが――。 きっと、これは嫉妬だ。 わたしの嫌な部分が渦を巻いて、何かを訴えかけてくる。 そんな自分がとても嫌で、きっと今のわたしは最悪な表情をしていると思う。 自己嫌悪――そんな言葉が思い浮かぶ。 駄目だ駄目だ駄目だ…。 自分がどんどん嫌な奴に思えてくる…。 こんな性格が嫌で、わたしは変わろうと努力している…。 だから――。 「桜、一緒に帰ろう」 「…はいっ。あ、着替えてきますから、ちょっと待っててください」 せめて…先輩の前だけでは綺麗な笑顔でいたい。 たとえ、それが本物ではなくなっても…。 それが紛い物になったとしても…。 先輩の前でだけは…そうありたい…。 更衣室には誰もいなかった。 まぁ、それは当然か…。 いつもの様に雑務をこなしてから帰らないといけないのだから、帰る時間は遅くなるに決まってる。 それに、今日は誰もいなくて助かった。 「桜さん、お疲れ様でした」 制服に着替えていると、一人の女の子が入ってきた。 「あ、うん。お疲れ様、柊ちゃん」 この子の名前は雪村 柊(ゆきむら ひらぎ)で、一年生だ。 とても静かで、とても頑張り屋さんな女の子。 紅葉ちゃんに次いで、仲の良い子だ。 「藤村先生に矢を放つ時のタイミングとか聞いてたら遅くなっちゃいました」 「あ、そうなんだ」 そう言えば、この子はいつも遅くまで残って練習している。 今年入ってきた子の中では、一番熱心に部活に参加している。 始めたばかりの時は、初心者と言う事もあって、結構危なっかしかったけれど、大分上達した。 今じゃ部内でも中堅辺りかと思う。 「うん、柊ちゃんは偉いね。毎日朝も午後の部も出るし」 「そう…ですか?それを言うなら、桜さんだって…」 「わたしは、主将ですから。それに、他に雑務だってあるし毎日やってるわけじゃないよ」 主将になって、弓を引く時間が短くなったのは事実。 去年のように、ただ弓を引くだけの身じゃなくなった。 後輩の監督もしないといけないし、連絡事項、その他もろもろの雑務もこなさないといけない。 「すみません…。桜さんにばっかりそんな事させてしまって…」 「いいの。これがわたしの仕事だから」 「……」 「じゃ、早く着替えないと。夏だからって、いつまでもこうしてると暗くなっちゃうから」 「はい」 そう言って、わたしは着替えを再開する。 お互い背中合わせ、衣擦れの音しかわたしの耳には聞こえない。 暫くして、わたしは着替え終わり、ふぅと息を吐いた。 「桜さん…」 「なに?」 「今日は具合が悪かったんですか?」 「――え?」 「あ、いえ…あまり表情が優れなかった物ですから…」 この子はわたしをよく見ているんだろう。 わたしは、ちゃんと笑えていなかったんだ…。 「そ、そんな事ないよ。元気元気」 「そう…ですか?あの衛宮先輩が来たときは凄く嬉しそうでしたけど、……もしかして、衛宮先輩絡みですか?」 「…ぅ」 「もしかして…一年生の子達に焼餅…焼いてたんですか?」 「――!」 わたしはきっと、顔を真っ赤にしているんだろう。 先輩とわたしの仲は、みんな知っている。 「あ、あはは…嫌な子だね、わたしって。先輩と話が出来なくて癇癪起こしちゃうんだから…」 「桜さん…」 「ごめんね。次からはもっとしっかりする。あ、先に行っててくれる?わたしは戸締りとかしないといけないから」 「……はい。じゃあ、お先に失礼します」 柊ちゃんは何か言いたそうだったけど――。 だけど、彼女の言いたい事は分かってる。 いつからだろう? こんなに嫉妬深くなってしまったのは? きっと、ずっとずっと昔から…。 きっと、先輩と出会ってから…。 わたしの心は先輩を独占したかったんだ…。 独占して、縛り付けて…。 だけど、そんな自分が嫌で…。 それと反発しあってるのが今の自分…。 「お待たせしました」 「いや。…じゃ、行こう」 空は赤くて綺麗な夕焼け…。 太陽が沈んでいく。 「今日の飯はなんにしようか?」 「そうですねぇ……カレー…なんてどうです?」 「そうだな。今日は藤ねえも来るし、大量に作らないとな」 「あはは、そうですね」 わたしはちゃんと笑えてますか? ちゃんと、本物の笑顔ですよね? この夕焼けを見ると、昔を思い出す。 先輩と初めて出会った頃を思い出す。 あ、初めて出会ったというか、初めて先輩を知った頃を思い出す。 どんなに頑張っても達成できない事、それは必ずわたしたちにはある。 だけど、努力だってそれが達成できる夢だって人は見れる。 先輩はそれが出来る、強い人。 わたしは努力もできないし、夢さえも見れないとても弱い人。 だから、彼に憧れた。 だから、彼を尊敬した。 だから、彼に近づきたかった。 先輩は昔も今も、色んな事をわたしに教えてくれた。 人との触れ合いや、家族の温かさ。 そんな物、必要じゃないとわたしは思っていた。 そんな物、わたしにはないと思っていた。 だけど、いつの間にか…わたしがいらないと思っていた物は必要な物となっていた。 先輩が全て用意してくれた… わたしは恵まれた存在になった。 夢を見ようとした…努力も少なからずしようと思った 先輩が、わたしに教えてくれた。 だから…わたしも強くならなきゃいけない。 「それじゃあ、おやすみなさい」 「ん、わかった」 今日の嫌な自分…。 だから、早く寝て忘れようとした。 ちゃんと笑って、早くお風呂に入って、早く寝てしまおう…。 晩御飯の準備の時だって、食べてる時だって平然と振舞えていたはずだ。 だから、ボロが出ないうちに早く今日と言う日を終えないといけない。 こんな恥かしい自分を見られないために…。 「――と、言いたい所だけど」 「え?」 「ちょっと、そこに座ってくれ」 先輩はわたしの手を掴んで、目の前にあった座布団の上に座らせた。 先輩も近くに座布団を持ってきて、わたしに向き合うように座った。 思わず目を逸らしてしまった。 「桜」 「……」 「今日の桜はいつもと違ったぞ…悪い方で」 そんなのわかってる…。 自分が一番、わかってる…。 だから、それを直すために、一人で直したかったから――。 一人の世界に行きたかった。 「…ごめんなさい」 「…まぁ、俺が原因なんだろうけどな」 わたしは何も言わず、首を横に振った。 違う、仮にわたしが先輩の所為にしても、それは単なる八つ当たりだ。 責任転換でしかない…。 「今日の部活の時、桜と顔も合わさなかったもんな。それに柊ちゃんにも怒られちゃったし」 ――衛宮先輩は本当に桜さんの彼氏なんですか?って…。 柊ちゃん…わたし、恨みますよ。 先輩には心配かけさせたくなかった。 「先輩は…悪い事してません。わたしが勝手に癇癪を起こしただけです」 「違う。桜だってまだ全快ってわけじゃないんだし、女の子なんだし何かに押し潰されそうな時だってある。特に桜は…弱いから…」 そう言って、先輩はわたしを抱きしめた。 胸に抱き寄せて…まるで、先輩がわたしに自分の心臓の音を聞かせるみたいに…。 先輩の温かさの所為で、自分の意志が弱くなる感じがした。 もっと、この温もりを独占したいとも思った。 「…やめてください…先輩」 「嫌だ」 「先輩が言ってるみたいな事じゃないです。ただ、わたしが我侭なだけです。だから、先輩が謝る必要もこんな事する必要もないです」 そう、先輩はなにも悪くない。 「だから…明日には…いつものわたしに戻ってますから…。自分で戻りますからっ」 「駄目だ、今日は一人にさせない。それに、俺は勝手に桜の事を助けようとしてるだけなんだし、別に桜のためじゃない」 「お、横暴ですよ!」 「横暴でも結構だ。今日は桜が寝るまでずっと一緒にいる」 「でもっ」 「桜が自分から逃げないように、ずっとこうして抱きしめてる」 「……っ」 先輩の抱擁はとても力強かった。 どうにか離れようと身じろぎするけれど、そんなのは全然意味がなくて…。 だけど、こんな自分がとてつもなく恥かしかった。 「……はぁ、バカップル」 「――タイガの意見に激しく同意します」 「五月蝿いぞ、外野」 「こんなサバンナ地方にいたら、脱水症状起こしちゃうよ。じゃあ、わたしは帰るねー」 「――私もオアシス(自室)に戻るとします」 藤村先生とライダーに見られていた…。 先輩の…バカ。 「――それから士郎、サクラ」 「なんだ、ライダー?」 「あまり大きな声とかは出さないでくださいね」 「…了解」 「――っ!ライダー!」 「サクラの声は大きいですからね」 そう小さく笑いながら言葉を残して、部屋に行ってしまった。 「まぁ…ライダーの了解も貰ったんだし…部屋に行こう」 「せ、先輩っ!」 先輩はそう言って、わたしを抱き上げた。 いきなりの浮遊感で、頭が少し呆然とする。 「お、降ろしてください!きょ、今日は一人で寝ます!寝れますから!」 「駄目だ。今日は相手してもらう。明日も学校あるけど、そんなの関係ない」 「――っ。せ、先輩、えっちですよ!」 「ああ。男だし…変なスイッチ入っちゃったかもな」 「す、スイッチって…」 「んー、言うなればエロスイッチかもな」 先輩は悪びれもなくそう言った。 わたしは口を魚のようにパクパクと開いたり閉じたりする。 上手く声が出ない。 「ぇ…え、ろ…スイッチ…って」 「ま、そんな事は良いから。桜の不安なんて俺が吹き飛ばしてやる」 先輩はそう言って、部屋に向かった。 「もうっ」 わたしはもう何を言っても無駄だと知り、そっと先輩の首に腕をまわした。 Fin.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送