「先輩、お昼一緒に食べませんか?」
平日の過ごし方
昼の風景
いつもの様に先輩の席まで行って、先輩にそう問う。
先輩の答えは、わたしにはわかりきった事――。
それなのに、わたしはいつも同じ質問をしてしまう。
「ああ、いいよ」
いつもこう返してくれる事なんて、もう最初からわかりきっているのだから――。
いつからこんな感じになったのかなんて、わたしにもあまり覚えていない。
だって、気がついたら、こうなっていたのだから。
周りの冷やかしにも慣れてしまった。
あ、いや…冷やかす人なんて一人もいなくなってしまった。
だって、これはもうこのクラスでは当たり前の事になっているのだから。
三年に進級した当初は、わたしや先輩はクラスメイトたちから何度か誘いの言葉があった。
わたしは今年になって、割と親しい友達が数人できた。
それはきっと、わたしが変われたから…。
今までは、きっと誰も寄せ付けないようなオーラを出していたのだと思う。
「ぃぇーい!桜ちゃん、衛宮君!らぶらぶー!」
あぁ、でも…。
冷やかしではないけれど、少し妙な応援をいまだにしてくれる子がいる。
それは、わたしに出来た、数少ない親しい友人でもある、秋野 紅葉。
いつも妙なテンションでわたしと先輩を冷やかす…もとい、盛り上げてくれる子だ。
「も、紅葉ちゃんっ」
「いいの、いいの。どーせ、若い二人なんだから屋上でも言って、今日のお昼は、わ、た、しっ、みたいな事するんでしょ?」
そう言って、わたしに詰め寄る。
こういう時の彼女は止められない。
わたしと先輩は苦笑する。
「はぁ、いいわよねー。わたしには彼氏どころか目星つける男までいないし…。はぁ、わが身の春は遠い…。きっと、名前が悪いんだ」
確かに…春は過ぎちゃったね…。
それに秋だし、紅葉だし…。
「あ、でも…秋が過ぎればいずれは春に…――「そうよねっ!」
「そうよねっ?わたしにだってわたしだって!」
「う、うん…」
このハイテンションについていけられる人を見つけられるかが鍵だと思うけれど。
わたしと先輩は顔を見合わせ、お互いの意思を伝え、そそくさと教室を抜け出した。
毎度の事だけど、少し疲れてしまう。
紅葉ちゃんの言うとおりになってしまったけど、わたしと先輩は屋上へと来た。
そこには夏の日差しが厳しいとみんなは遠慮したのか、人っ子一人誰もいなかった。
何となく、貸切にできたのが嬉しかったりする。
先輩はどかっとその場に座る。
わたしも静かに先輩の横に座った。
先輩は小脇に抱えていた二つのお弁当箱を前に置いた。
平日のお昼をつくるのは、先輩になっている。
それは前に行った家族会議で決まった事だ。
家族会議って言葉を自分で言ってみたけれど、なんとなくくすぐったい感じがした。
あー、家族になんだなって思えて…。
「はぁ…いつもハイテンションだなあの子は」
「そう言う子なんです。…でも、良い子なんですよ」
「ああ。桜とよく話しているのは知っているし、一番最初に話しかけてきたのは、彼女じゃなかったか?」
そう、紅葉ちゃんはわたしの初めての友達だ。
なにもかも頑張っていこう、強くなっていこうと思い始めてから…。
そんな無謀な事を考え出した頃に、彼女は現れた。
わたしに屈託のない笑顔を向け、自分の名前を名乗った。
そして、わたしの前に手を出して――。
――友達になりましょう――
――と、言われた。
わたしはその時、とても嬉しくて…とても戸惑った…。
こんな事、本当に初めてだから…。
「はい…。紅葉ちゃんは、わたしの大事な友達です」
「そっか。――よし、じゃあ食べよう」
「はい、いただきます」
わたしはピンク色のお弁当箱を手に取り、蓋を開けた。
わたしはそう呼ぶようにしている…。
だけど、最初の頃は桜色と呼ぼうとしていた。
でも、先輩が…ピンク色にしてくれ、と言ってきた。
わたしはきょとんと首を傾げて、どうしてか、と尋ねてみた。
すると先輩は、少し恥かしそうに頬を掻いて、こう言った。
――桜色の色は桜だから――
だから、わたしは、このお弁当箱をピンク色と言っている。
「あ、春巻き美味しいです」
「そうか?今回のは改良を加えて時間が経っても味が落ちないに徹底してみたからな」
「へぇ…」
「まぁ、皮の方は…少し改良の余地が残されているな」
先輩は春巻きを一口で頬張り、そう言った。
やっぱり、まだ先輩の腕までには到達していない。
弟子だけじゃなくて、師匠も発展途上中――。
わたしは少し苦笑した。
「まぁ、これならライダーも温めなおさなくても良いから大惨事にはならないだろう」
英霊は現界する時、その時代の一般知識を得て召還される。
だけど、それは知識であって、実践した事は一度もない。
だから、結局は名前ぐらいしか知らない。
前に一度、電子レンジを使わせたら、何故かとんでもない事になっていた。
「ん、上出来だな」
「はぁ…お昼はまだ勝てませんね…」
「一つくらいは勝たないと、な?」
わたしはいつまで、女の子のプライドが傷ついたままなのだろう?
もう一口、春巻きを口の中に入れた。
あ、やっぱり美味しい。
「ごちそうさん」
先輩は一足先にお弁当を食べ終えた。
簡単に片付けると、立ち上がり屋上のフェンスの所に寄りかかった。
「お、今日は風があって気持ち良いぞ」
先輩は少し嬉しそうにそう言った。
わたしも残り一口のご飯を口の中に入れて、キンキンに冷えた麦茶を飲んだ。
少し頭が痛くなったけど、それもすぐにおさまり、先輩の所へと行った。
「あ…本当…」
下から風が吹いてくる。
わたしの髪を撫でて、抜けていく。
少し汗をかいていたけど、風のおかげでひきそうだ。
「あ、今日は悪かったな。デザートもつくろうと思ったんだけど、揚げ物やってたから時間なくてさ」
「いえ。別に大丈夫ですよ。それに、甘いものばっか食べちゃうと太っちゃいますし…それに最近…また体重計と戦ってますから」
最近、体重計が見せてくる凶悪な数値が怖い。
わたしは体重計(とは永遠に相成れない存在みたいだ。
「ん?」
「あ、いえ!なんでもありません!」
わたしは無理矢理笑顔をつくって、話題を変えようとする。
先輩はそれ以上深くは聞いてこなかったので、一安心した。
そう言えば、食事制限も大事だけど、ただ食べないだけだと効果はないみたいだ。
――と、言うか余計に太りやすいらしい…。
やっぱり大事なのは運動…。
わたしは少し嫌な顔をする。
わたしはあまり運動はできない。
弓道部で腕を休ませてる間は走り込み(をさせられる。
それが嫌で、わたしは意地でも弓を引き続ける。
…これから少しずつ走ろうかな?
…きっと、三日と持たない気がする。
「はぁ…」
「…?」
先輩をそっと見てみる。
引き締まった身体。
週末の晩には、その肢体を眺める事もある。
――まぁ、なんていうか…良い身体をしている。
「先輩は、ダイエットとかした事ありますか?」
「俺?……いや、身体を鍛えようとは思ったことあるけどな」
「そう…でしたね」
「ダイエット…って、駄目だぞ桜。無理なダイエットは体を悪くする」
「でも…もう少し…――「駄目」
「桜はこのくらいがちょうど良いんだ。それに…抱きしめるとき柔らかくて気持ち良いぞ」
「――っ」
先輩が笑顔でそう言った。
う、きっとわたし顔が真っ赤だ。
「…どうしたんだ、桜?」
「え、ぃ、そ、の…」
上手く言葉が出ない。
「ゎ…たしって…気持ち良いんですか?」
「ああ、こう…前から抱きしめる時も後ろから抱きしめる時も…どっちにも良さがあって…――って」
先輩も気づいたようだ。
あ、顔赤くしてる。
少し可愛いと思った…そう言ったら拗ねるかな?
――どーせ、若い二人なんだから屋上でも言って、今日のお昼は、わ、た、しっ、みたいな事するんでしょ?――
――っ。
なんで今頃になってあの言葉を…。
みょ、妙に意識しちゃう…。
「せ、先輩…」
「な、なんだ?」
こんな状態でなにを言おう?
思わず声をかけてしまったけど、まだ頭の中が混乱してる。
「そのっ」
「ん…うん」
「わたしを…抱きしめてみますか?」
「……」
わたしはそう言って、目を閉じた。
――って、こんな事学校でするなんてっ。
「桜」
「…ぁ…」
「おかえりー、お昼はお楽しみだったみたいですねーっ。もー、暑いよー二人ともー。ひゅーひゅー」
しっかり見られていたりする。
だけど、わたしはそんな紅葉ちゃんの言葉は耳には入ってこなくて、少しなにか満足感のようなものがあった。
――夜の風景へ――
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