平日の過ごし方
朝の風景
聞こえるのは鳥の囀り――。
感じるのは朝日のやわらかい光――。
冬が過ぎ、春が過ぎ、いつの間にか、夏が来た――。
冬の終わりは、止まっていた命が活動を始める。
春にはその命が生きる、と言う言葉が似合う季節、夏に備え始める。
そして、今は夏――。
わたしは、生きている――。
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夏はとても眩しくて、思わず目を閉じてしまいそうになる。
だけれど、その目を閉じている瞬間でさえ、わたしたちは生きている。
――生きていると感じれる。
それは、とても大切な感じがして――。
それは、とても儚い…。
目を閉じていれば、感じなくなるその弱さ。
だけど、目を開けて、しっかりと前を見れば――。
きっと、わたしは生きる、と言う言葉の意味を知れる(。
「…ぁ……」
思わず声が出てしまう。
目覚めて、必ず目にするのがわたしの愛しい人(だから。
先輩はわたしを胸に抱き寄せている。
大体、朝は先輩の顔を最初に見ている。
とても、あどけなくて…無邪気で…純白だ…。
そんな先輩に抱きしめられていて、わたしはずっとこのままでいれれば、と思ったりする。
この人は、いつまでも変わらない。
いつもいつも他人優先で、自分の事をないがしろにしている。
そう言うのが先輩、彼自身を言い表している。
だけど、この人は気づいているだろうか?
それが長所でもあり、それが短所でもあることを。
今も自分をそっちのけで、わたしの事を守っていてくれている。
わたしは、その居心地の良さに溺れてしまいそうだ。
わたしは、先輩と言う海に浮かんでいる桜の花びら。
揺ら揺らといつも波の上に浮かんでいる。
「朝ご飯、つくってきますね」
わたしは、少し名残惜しそうな心に厳しくして、先輩の腕から抜け出し、キッチンへと向かった。
光が差し込んでくる明るい廊下を抜ける。
キッチン、居間、縁側――。
わたしはその三つの場所が好きだ。
キッチンは、いつの間にか好きなっていた料理がつくれるから。
居間はゆったりと先輩やライダーと一緒にお話が出来るから。
縁側は景色を流れを見られるから。
わたしは衛宮家(がとても好きだった。
そして、いつの間にか、この家はわたしの家にもなった。
とても…好き、なのだ。
いつもの様に鍋に水を入れる。
しゃぁ、と水が音をたてるのが何となく好きだ。
それを火にかけて、その間に具材を切っておく。
昨日買った魚を慎重に捌いていく。
ぐつぐつと鍋の中のお湯が沸騰する。
手早くいつもの様に味噌を溶かし、刻んでおいた具を鍋の中に放り込む。
今日はお豆腐と大根のお味噌汁。
更に焼き魚、それと漬物も用意している。
まさに日本の朝と言う様な献立だ。
「ん…そろそろ良い時間」
今は六時をちょっと過ぎた頃。
中学生だった頃のわたしだと、まだ起きてはいない。
と、言うより起きれないが正解かもしれない。
この家の朝は早い。
本当に最初の頃、ここに通いだした時は大変だった。
みっともない姿では行きたくなかったし、多少は見栄と言うものがある。
そう考えると、自分もちゃんと女の子をしているのだと、少し笑ってしまった。
勿論、嬉しさという物もあったりする。
自分にはもう、そんな喜びとか嬉しさを感じないと思っていたから。
そんな事を意識しても無駄だと思っていたから。
だけれど、それは無駄なんかじゃなくて――。
「おはよう、桜」
「おはようございます、先輩」
いつもの様に先輩は起きてきた。
ほんの少し気だるそうに、頭を掻いていた。
そんな様子を見て、わたしは小さく笑みをこぼした。
先輩は少しお寝坊さんになった。
…いや、正確にはなってくれた、が正解だ。
朝食はいつもわたしの仕事――わたしはそう公言した。
先輩も不思議そうにだけど、了解してくれた。
それを認めてくれて…わたしは嬉しかった――。
「今日は、なんだ?」
「今日はお豆腐と大根のお味噌汁に焼き魚です」
「よしっ。じゃあ、皿に盛って居間に持って行こう」
「はい」
先輩はそう言うと、手早く焼き魚をお皿に移す。
わたしもお味噌汁とご飯を盛って、お盆に乗せる。
先輩は何事にも凝って、この料理はこのお皿が良いとか言ってくる。
そう考えると、確かに見栄えも大事かもしれない。
そう考えると、まだ弟子は師匠を超えられなさそうだった。
「いただきます」
先輩は軽く手を合わせて、そう言う。
わたしもそれに習って、手を合わせて小さくいただきます、と言った。
先輩が箸を焼き魚に伸ばす。
今日のは焼き加減がうまくいったと思ってる。
塩の振り加減もちょうど良い頃合のはずだ。
「うん、今日も上手いぞ」
「ありがとうございます」
「ったく、朝食はもう桜の独壇場だな」
少し悔しそう、だけど嬉しそうな先輩の声。
わたしは、その声に笑顔を向ける。
わたしは単純だ。
先輩の褒め言葉一言で、すぐに嬉しくなってしまう。
「そう言えば、部活の方は頑張ってるか?ここの所、バイトが忙しくて行けなかったからな…」
「ええ。でもわたし、やっぱり主将なんて器じゃないです」
わたしは少し苦笑する。
わたしは部を任される存在になっていた。
そんな自分が不思議で、そして、少し誇らしかった。
「そんな事ないぞ。桜の射のフォームは綺麗だし、部じゃ一番だと思う」
「そ、そうですか?」
「ああ。俺が保証する」
そういわれて、わたしはとても嬉しかった。
弓道を始めたのは、兄さんの言いつけもあったけど、一番の要因は先輩。
わたしは、先輩を知りたかったから――。
「ところで、美綴の弟はどうなんだ?」
「…美綴君は、腕は良いんですけど、少し弱気なところがあって――」
「そっか。きっと、美綴に苛められてたんだろうな」
なんとなく、目に浮かんでしまった。
美綴君はさっきも言ったとおり、美綴先輩の弟で、彼女の弟らしく腕は良い。
だけど、打たれ弱くて、いつもベストが出せない。
でも、彼は一生懸命だ。
少しずつだけど、心の方も強くなって来ている。
毎日毎日、少しずつだけど確実に成績が伸びているのは一重に彼の成長の速さを現している
きっと、大丈夫だ――。
きっと、彼は次期主将のはずだ。
またもやプレッシャーのかかるポジションになって、成績不振になりそうで、少し不安だったりする。
だけど、きっと彼なら乗り越えられるはずだ。
わたしはそう思い、勝手だけれど自己完結をした。
そして元気にご飯を口に頬張った。
やっぱり、今日のは上出来だ――。
「じゃあ…いってきます」
「おう。頑張れよ桜。俺も午後は暇だから顔を出すよ」
「はいっ、お待ちしてますね…。じゃあ、いってきます」
わたしはそう言って外に出た。
もう、夏の色に変わっている日々。
蒸し暑い感じの風がわたしを撫でていく。
だけれど、それほど不快は感じていない。
空にある、真っ青な天井がわたしを爽快な気分にさせてくれる。
少し走ってみる――。
別に急がなくちゃいけない時間じゃない。
だけど、むしょうに走ってみたくなった。
大して、運動は得意じゃないけれど――。
大して、速くは走れないけれど――。
風を少しでも切って進んでみたかった。
わたしの一日は始まっていく――。
――昼の風景へ――
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